1
小さい頃に見た、あの虹が忘れられない。
いつ、どこで、誰と見たのか、鮮明には覚えてないけど…私は幼くて、誰かと手をつないで黙って空を見上げてた。
青い空に、キレイに半円を描いた七色の虹を…
ピピピピピピp・・・
朝を告げる目覚まし時計が、私の部屋で鳴り響く。薄らまぶたを開けると、まぶしい光が入ってくる。
…嫌だぁ。まだ寝ていたい。
私は目覚まし時計を止めて、また布団の中に潜り込む。
起きなきゃいけないのはわかってる。今、二度寝したら起きる自信なんてない。
だけど…睡魔には、勝てないでしょ。いやでも…また学校に遅刻しそうになったら…
…でもでも、あと5分くらい目をつむってるだけなら…
「彩音!!」
ビクッ!と私は一気に目が覚めて、体を起こした。気持ちよく夢の中に戻ろうとしていたのに、大声で私の名前を呼ばれたからだ。
私は声の主を確認するために、部屋の入り口の方へ顔を向ける。だいだい想像はついてたけど…
「…なんで人の部屋に勝手に入ってきてるの?誠一」
そう言った私は、とても不機嫌な顔をしてたと思う。けれど、そんなことを気にする様子もなく、彼は仁王立ちして私を睨んでた。
「何をいまさら」
違う。誠一は私を睨んでるわけじゃない。普段からそういう顔なんだ。無愛想で、感情をなかなか表に出さない男…青葉誠一。
誠一はすぐ隣の家に住む幼馴染みで、親同士も仲良しで、小学校から高校2年生になった今まで学校もずっと一緒。そのことが不満で仕方なかった。
「誠一のへんたい~…」
そう言って私は布団をかぶる。我ながら諦めが悪いよね。
「…彩音。遅刻したいのか」
「あー…もう!わかったよ!起きるよ!」
「それでいい」
私はしぶしぶベッドから出た。それを見て、誠一は部屋を出て行った。
「はぁぁ…また誠一に起こされちゃった…」
私は学校へ行く準備を済ませ、リビングへ向かった。
「…いい匂い…」
キッチンから、焼き立てのいい匂いがしてきた。今日の朝ごはんは、どうやらパンのようだ。
私が今食べたいと思ったものが、どうしてわかるんだろう…毎朝のことだからなのかな。
「彩音。冷めないうちに早く食べろ」
「うん。いっただっきまーす」
毎朝毎朝、ホテルの朝食みたいな豪華な料理がテーブルに並ぶ。これ全部、誠一が作ってるんだからビックリ。まぁでも完璧主義者の誠一らしいといえば誠一らしい。
それにしても…こうして誠一と朝を一緒に過ごすようになって、何年になるだろう。
私の両親は海外へ長期出張していてなかなか家には帰らないし、誠一のご両親は朝早くから仕事に行ってしまう。だから、いつのころからか、私たちは一緒に朝食をとるようになったけど…
いつまでも…こんな関係ではいられないことくらい、わかってる。
いつも通り、朝食を食べ終えて二人で家を出た。学校へ向かう途中、無言で前を歩く誠一に問いかける。
「ねぇ…誠一。もう私一人で起きれるし、ご飯も作れるよ」
「…起きれてないだろ、毎朝」
誠一は表情を変えることも、顔をこちらに向けることもなく歩いていた。
「そうなんだけど…もう私の世話焼かなくてもいいよ?大変でしょ?」
「いまさらだな。…忘れてるなら教えてやるが、元はと言えば彩音が、寂しいから朝起こして朝食作ってほしいと言いだしたんだが」
「それって、小学生の時の話でしょ?今はもう…」
「それにお前の父親からも、よろしくと言われている以上、お前を遅刻させるわけにも朝食抜きにさせるわけにもいかない」
そう言って、誠一は私を一度も見ることもなく歩いていく。
誠一って本当に昔から、頑固だけど礼儀正しくて真面目なんだよなぁ。そういうところを私の両親も信頼しているみたい。
でも…
私はどうしても、誠一がいることによって自由が制限されているような気がしていた。朝は起こされ、登校も一緒。学校ではクラスまで一緒。
「…私の自由はどうなんのよ…」
小さなため息とともに、ポツリと本音がこぼれる。反応がないところを見ると、誠一には聞こえなかったみたい。