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お母さんはビックリするほど美形

 


 クリヴィスティのお母さんはとっても美人だ。



「クリス、クリス。さぁ、母さんの髪を解いて頂戴。ああなんて美しいのかしら。見て頂戴この絹糸のように繊細で優美な輝きを宿した白銀髪を。この髪で服を縫うことができたら、欲しさのあまり世界中の人間達が争いを始めるでしょうね。それにこの青い瞳! まるで特大のサファイアよ。あぁ……どうして私はこんなにも美しいのかしら……しかもスタイルも完っ璧! 長い手脚にくびれた腰、豊満な胸。これほど素晴らしい私以上に美しい女は存在しないわ」

「そうだね、おかあさん」



 クリヴィスティのお母さんはとってもモテる。



「クリス、聞いて頂戴なクリス。母さん今日は六人に告白されて十三人に求婚されたわ。でもダメね、どいつもこいつも大した容姿も収益もないような男ばかり。ああでも一人だけ見込みのある男がいたかしら、たしか商人の。でも見た目が好みじゃなかったから、指輪だけもらって帰ってもらったわ。見てこの特大のエメラルド。美しい私にぴったりな輝きよ」

「そうだね、おかあさん」



 クリヴィスティのお母さんはとっても優しい。



「クリス、さあ早くこっちにいらっしゃい。可愛くしてあげるわ、私の娘として相応しいように。まぁ仮にも私の血を引いているのだから顔の造形が綺麗は当たり前なのだけれどそれだけじゃだめよ。もっとちゃんと髪を整えて化粧をして男を落とすテクニックを使わないと! まあたとえ着飾ったとしても母さんには敵わないけれどね、世界一で一番美しい女は私だもの。ねぇやだちょっと枝毛があるじゃない気をつけなさいって言ったでしょう私の娘のくせに醜くてどうするわけ母さんに恥かかせるんじゃないわよ母さんはいつも正しいそうでしょうだから早くなんとかしなさい自分でねさあ早く」

「はい、おかあさん」



 クリヴィスティのお母さんは、元貴族の娘。

 そして家族のことがとっても嫌い。



「母親も父親も嫌いだったけど、一番嫌いなのはあいつね、私の弟よ。顔はまあそれなりに美しかったと認めるけど中身は悪魔よ。歳が離れていたからあんまり関わりはなかったんだけど、会うたびに嫌味を言われてうざったいったらありゃしないんだから! それにあいつ、この私が初体験をさせてあげようと思って夜に部屋を訪ねたら、なんて言ったと思う? 『僕の体と姉上のオキレイな体はきっと合わないので結構です』よ! 信じられる!? この! 私が! わざわざ部屋まで行ってあげたのに!!」

「それはひどいね、おかあさん」

「そう! しかもあのクソババアとクソジジイ、私が第一王子と……あぁ今の国王ね、あの男と何度か交わっただけで勘当してきたの。私は何も悪くないのに。向こうが私を誘ってきたんだし、婚約者がいたって言ったって大して美しくなかったんだから私に負けたのは仕方なくない? 妊娠させてきたのはちゃんと避妊しなかったあいつが悪いし! どうして私ばっかりこんな目に遭わないといけないのよ! 若作りしまくりの厚化粧ババアと女好きのクソジジイのくせに! この私に説教してんじゃねぇよ!」

「うん、かわいそうだね、おかあさん」



 お母さんが家を追い出されて平民になったのは、今の国王様との子供ができた……つまり自分ができたかららしい。

 それでもお母さんは、すぐに恋人を作って家を確保したし、子供を産むのを手伝ってくれる医者の男も恋人にした。強い女性だ。お母さんはすごいのだ。


 クリヴィスティが母を尊敬する理由は、それら以外にもあった。

 実は彼女には前世の記憶があったのだ。

 前世の彼女の母親はホスト狂いで、家事や子守りなんてしたことがなかった。服も満足に与えられず、育児放棄以外何もしなかったのだ。最期は栄養失調で倒れて、そのまま死んだ。

 その点今世の母はちゃんとクリヴィスティの面倒を見てくれるし、オシャレもさせてくれる。時々大きな声で喚いたり怒鳴ったりすることもあるけれど、それは大抵クリヴィスティが悪いから仕方ない。

 綺麗で賢くて優しい母はみんなに愛されていた。街中の男たちから告白されていたし、毎日たくさん貢ぎ物ももらっていた。自慢の母だった。



「ま、そのせいで恨みは買いやすいけどね。恵まれないブスの話なんてまともに聞く必要はないわ。妬みも僻みも、豚がブゥブゥ鳴いてるようにしか聞こえないし」



 どうしてか女の人たちには嫌われていたけど、お母さんは気にしていないようだった。だからクリヴィスティも気にしていなかった。


 ところが、ある日クリヴィスティがいつものように道端で芸を披露してお金を稼いで帰ってくると、家の中には見知らぬ醜い女がいて、その足元には赤い水溜りに伏した母がいた。

 クリヴィスティは前世も含めてそういうものを見るのは初めてだったから、よくわからなくて最初はキョトンとした。



「おかあさん? どうしたの? もうおひるよ? あ、おねえさんこんにちは。おかあさんのむすめのクリヴィスティです。おかあさん、ねちゃいましたか? かわりにおもてなししますか?」

「アンタは……この女の娘なの?」

「? はい。おねえさんはおかあさんのおしりあいですか? えっと、えっと、こうちゃ……あ、こーひーのほうがこのみですか?」

「ふ、ふふふ、ふふふふふ」



 突然不気味に笑い出した女にクリヴィスティは首を傾げた。



「あの、あの? どうかしましたか?」

「ふふ、あはははははは! 無様、無様ね! 醜い姿を自慢の自慢の実の娘に見られるなんて! お前にはお似合いの末路だわ! あははははははははは!」



 醜い姿?

 母に世界一似つかない単語にクリヴィスティの首はますます傾く。

 うつ伏せになている母に駆け寄って一生懸命にひっくり返したところで、クリヴィスティは「ワァ」と目を瞬かせた。

 そこには、無惨に顔を切り刻まれ、確かに醜くむごいとしか表現できない姿の女がいた。それが母だと認識して初めて、クリヴィスティは母が死んだことを理解した。



「おかあさん、しんだんですね」

「ええそうよ! 私が殺してやったわ。だってこの女、私の顔を嘲笑って豚と呼んだのよ! それも出会ってから一年毎日毎日毎日!」



 その顔じゃあ豚って言われても仕方ないんじゃない? だって実際醜いし。肌は毛穴が開きまくってるしなんか脂で光ってるし鼻の穴は大きいし、何より丸々太った体型がとてもじゃないけど見苦しくて仕方ないよ。言われたくないんだったら自分磨きでもすればよかったんだよ。バカだなぁ。

 とはいえそんなことを思っても、口に出しはしない。醜い女に口を利くのが面倒だったから。

 だから豚女が何も言わないクリヴィスティに激昂して飛びかかってきた時も、ビックリしたけど無言だった。



「アンタ、アンタも私を見下すのね! ただちょっと顔が良く生まれただけの小娘のくせ」



 に、と言い切る前に女の首が床に落ちて転がった。

 女の顔は苦痛に歪んでいるわけでもなく、死んだことに気づいていないような表情だった。

 バタリと倒れる丸太のような女の体。その背後には、いつに間にか長身の人影があった。

 しっとりとした夜のような、若干の歓喜の滲む声がする。



「おお、この剣はなかなかの切れ味ですね。先日購入したものよりも好きそうです。ただもうちょっと軽ければ……工房に相談してみますかね」



 そう言って細身の剣身を撫でる男性の容姿は、ビックリするほど整っていた。

 腰までクセなく落ちる艶やかな闇色の髪に深海を思わせる深い青の瞳。毛穴なんて一つも見つからないほど滑らかな肌は眩しいほどに白い。スッと通った鼻筋も薄い唇も全て神様が一等気を配って作りあげたかのように美しい。もはや神直々に作った美術品と言われた方が納得できるほどの美貌。

 人を狂わせる美しさとはこういうものか……。



「おや、君は? どこかで見たような顔立ちですね。それにその瞳……あぁもしかして、メロディーナの娘ですか?」



 メロディーナとは母の名前だ。彼女は周囲にはメロディと名乗っていたが、本名は違うのだと言っていた。



「はい、そうです」

「やはりですか。うーん、さすがは私達一族の遺伝子と言いますか、君は成長したら彼女よりも美しくなりますね。ええ保証しますよ」



 あの母の遺伝子を受け継いでいるのだからそれなりに整った容姿だと思っていたが、どうやら思っていた以上に優れていたらしい。母を超えるなんて相当だ。

 男性がニッコリと人を狂わせる華やかな笑みを浮かべる。



「初めまして。私はオズワルド・ガヴェルゼ、メロディーナの実の父です」

「エッ」



 母の父ということは、私のおじいちゃんってこと?

 と、どう見ても二十代前半ほどにしか見えない男性―――オズワルドを見て心の底から驚くクリヴィスティ。母は今年で二十四歳のはずだが、彼は一体何歳なのか。



「七年前に追い出した娘と特徴がそっくりな美女がこの街にいると噂を耳にして来てみれば絶賛死体中で驚きましたよ。外傷のない姿なら持って帰ってもよかったんですが、この姿では……イザベラになんて言いましょうか……」



 実の娘が殺されたというのに、冷静というか物騒というか。

 なにやらウンウンと悩ましげに唸っているオズワルドは、眉間に皺を寄せていても美しい。

 美形って得だなあ……。



「あ、そうだ」



 ややあってポン、と手を打つ。

 それからこちらを見下ろして、月よりも星よりも輝かんばかりのキラキラしい笑顔で言った。



「君、私の娘になりましょう」

「はい?」



 どういうことでしょう? という意味を込めて返した言葉だったが、それを了承と解釈されたらしい。

 トンと額に白く長い人差し指を当てられ、クリヴィスティの意識は闇へ落ちていった。



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