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空港にて

作者: 加藤 一央

 男のキスは、会いたくて会いたくて、もうそれしかない感じで。抱きかかえた女の顔に真上から舌を差し込んで、女の体はくてんと、男の膝の上に横たわる。

「オーギュストロダンですわ」

 社長は半分熟したドラゴンフルーツを天満に差し出しながら、スプーンを果肉に突っ込んだ。ロダンとは、かくも生々しい。ところで、このタオ・ラマンなる金満社長は、さらに生々しい。唇から粘液が垂れてる感じであり、この贋作ロダンの銅像とおんなじことやったら、ジャバ・ザ・ハットって怪物の親方みたいなのが、レイア姫をこう、舌でねぶるみたいなのが想起される。

「で」

 天満は問う。ジャバ・ザ・ハットに。

「これや。見れ」

 ぱかん開けたアタッシュケース。中身は漫画版、風の谷のナウシカ。で、さらにジャバ・ザ・ハットの指がナウシカをめくると、ナウシカの中身は精製麻薬二キログラムでした。末端価格で二億円。卸値九千万。


 王国の空港にて。どうしようもなく血の気の失せた山岳民族の少女を、天満が脇に手を添えてかろうじて立たせる。自立できるのかと、ちょっと手を離して歩かせてみると、肩を押された死刑囚のようだが、なんとか自立歩行した。両脇腹に手術を施し一キロづつ麻薬を埋め込み、大量にモルヒネを打ってある。ふらふらになって当然。さらに、天満は思うのだ。こんな絶望的な仕事を引き受けてしまうこの少女の、山岳民族の、山岳民族の貧困につけこんでしまう自分の、麻痺。

 ちょっと耳元で「たーちゅえ」とささやいてみた。できるだけ少女の心に響くように気持ちを入れて。これは、日本語で、「大丈夫」、という、意味、です。少女は切なすぎる笑顔を唇の端に一瞬表現しようとし、顔が尋常でなく青白いので安らかな死に顔にしか見えないまま、税関の向こうへと消えていった。

 二週間後。案の定、羽田税関にて少女逮捕、即入院。新聞で知った。タオの金満馬鹿。少女は一銭も得ることなく、退院し次第本国送還。日本の病院でかかった莫大な治療費は山岳民族の貧困家族の家計ではまかないきれず、少女の兄は首都に出て日雇い者となり、少女の妹は売春、母親は結核にかかって半年後に死亡。ありありと想像がつくではないか。天満はやり切れず、自分を捨てた祖国日本に呪い混じりの、じゃりじゃりしたセンチメントを、抱く。【了】


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