10.初めてのカウンセリング
放課後。カウンセリングの部屋の前。
胸がざわつく。
授業は普通に受けていた。提出物も出した。
だから、行く必要はないはずなのに――
でも、楊先生に話したときのことが頭に浮かぶ。
手首を傷つけてしまったあの日、誰にも言えなかった気持ちを初めて吐き出せた。
今度は担任も知っている。
でも、担任は「又聞き」だ。
自分の心の奥は誰にも完全には見せられない――そんな気持ちが、胸を締めつける。
「怖い……でも、逃げたら後悔しそう」
小さく息を吐く。手を握りしめ、扉を押す。
廊下の端から、新田は天宮の姿を見守る。
カウンセリングの予定日まで1か月以上あった間、何度もホームルームや自習中の様子を見てきた。
突っ伏す姿や楊先生からの細かな報告。
そして又聞きで知った手首のこと。
どこまで声をかけるべきか、何を待つべきか――迷った日々。
でも今は、本人の選択を尊重する時だと判断した。
無理に背中を押さず、ただ見守る。
それが最も支えになることを、新田は知っている。
カウンセリングルームの扉を押す。
柔らかな光が差し込み、壁には穏やかな色合いの絵。
机の向こうには、同じ年頃か少し年上くらいの女性カウンセラー。
声のトーンも優しく、落ち着いている。
「スクールカウンセラーの星野です。今日は、どんなことでも大丈夫です。話したいことがあれば教えてください」
私は、息をつめて小さくうなずく。
胸の奥に溜まった重さを、ほんの少しだけ吐き出せる気がした。
「……最近、勉強のことで、しんどくなります」
声は小さいが、机に置いた手は少し震えていた。
母の目線や言葉を思い出す。
「もっと頑張りなさい」
期待と苛立ちが入り混じった声が、脳裏で繰り返される。肩が少し落ち、息が浅くなる。
今も、昨日の保健室での時間や自習室での沈み込みが頭をよぎる。
「小学校の高学年のとき……父に叩かれたり、友達とうまくいかなくて学校に行けなかったこともあります」
声は震え、言葉が途切れる。
父と離れている今でも、思い出すと胸が重くなる。
両親の不仲の記憶も、ぼんやりと影のように残っている。
目の奥が熱くなり、息が詰まる。
耐えてきたものが、押し出されるように溢れ出す感覚。
「それは、本当に辛かったですね……」
星野の声は柔らかく、押し付けではない。
目線を合わせ、うなずきながら待つだけで、私は少しだけ安心する。
言葉にならなかった涙や感情が、少しずつ形を持つように流れ出す。
声を震わせながら、過去の苦しさ、今の不安、母のプレッシャー――全部を吐き出す。
「ずっと……我慢してきたんです。誰にも言えなかった」
肩を揺らしながら、涙が落ちる。
声は小さくても、心の奥の重みははっきりと存在していた。
星野は静かに受け止める。




