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第8話 夢の時間をもう少し(シア視点)

「っ、はあ。」

肺が苦しい。足に力が入らない。


人生で初めて全力で走ったせいか、全身から悲鳴が上がる。



床に座り込み、呼吸を整える。

「っ、生きてるか?」

「…え、ええ。」

手を引っ張っていた彼も肩が上下している。


(そうだ、お礼。お礼だけでもせめて…)

「申し、遅れました。私は、アナスタシア・ド・ルイゼンフォーグと申します。この度は助けていただき、ありがとうございました。」


そっと相手を見る。

貴族の名を告げてしまったが、態度は変わらないだろうか。

名を告げなくてもと思ったが感謝を伝えるためには明かすのが礼儀だ。


「あ、あの?」

しばらく待ってみたが反応がない。彼が動かなくなってしまった。




だいぶ経ってから動き出した。

「えっと、ここが何処とか分かってます?」

「ごめんなさい。逃げることに集中していたから、わからないの。」

地図も覚えてきてないため、この周辺はさっぱりだ。


そう答えると、彼は嫌そうな顔をしていた。おそらく貴族の自分に関わりたくないのだろう。


(どうしましょう…目の前の少年には助けてもらえなさそうね。)

食料も水も持ってきていない。治安が悪いため、ここを離れたいが、街への道もわからない。八方塞がりだ。




「じゃあ、街でも行くか。」

「えっ?」

唐突な誘いに混乱する。


先ほどまで、面倒ごとに巻き込まれたという態度だった。それなのに街に誘われた。どういうことだろう。

(これは罠…?着いていくと金銭を要求されるのかしら。)



応えをしない私に痺れを切らしたのか、彼が言った。

「嫌だったらいいですけど。腹減ったし、なんか食いたいなって。」

(え、ご飯…!)


「いく!私もお腹が減りましたわ!!」

思わず反射的に答えていた。

少し後悔もしたが、食欲には勝てなかった。




結局、その日は人生で1番楽しかった。あの決断は間違いでなかった。


街で肉串を食べて、一緒に走り回って。

泥だらけの姿をお互い笑い合って過ごした。


(楽しい。この世には、こんな世界があったのね…!)

活気があり、いきいきとした人間も。香ばしい美味しい香りも。全てが輝いていた。

始めは面倒そうな顔をしていた彼も、夕陽が沈む頃には笑顔になっている。





思いっきり遊んでいたせいか、すぐにあたりが暗くなる。

帰る時間が刻一刻と近づいている。


(もうすぐ、夢のような時間も終わってしまうのね。)

明日にはいつもの日常(地獄)に戻る。風を感じながら走り回ることも、人目を気にせず料理にかぶりつくことも、できない。

その事実に浮いていた気持ちが沈んでいく。


けれど、これ以上恩人に迷惑かけられない。貴族の自分が望んでしまうと、平民の彼は断れなくなってしまう。

(…帰ろう。)




(夕日が綺麗だな。風が涼しい。このまま、時間が止まってしまえばいいのに。)


「なあ。またあそぼーぜ。」

そう言って笑顔で手を伸ばしてきた。


一瞬、自分が何を言われたのか理解できなかった。


声にならない音が喉から洩れる。


(私は、まだ夢を見ていていいの?)



すぐに彼の顔が戻った。おそらく流れで言ったことを後悔しているのだろう。

それでも、十分過ぎる救いの言葉だった。


「っ、ええ。絶対よ!」

相手は軽い気持ちで言った言葉だ。


(でも、今くらいは欲張ってもいいかな。)







憲兵のいる場所まで送ってもらい、別れ際に言った。



「じゃあ、また1ヶ月後に行くわね!」

そう残して兵士の元へ走る。

表に出てしまえば、平民()貴族()に声をかけれない。


そうして私は次の約束を強引に取り付けた。


卑怯と分かっている。ずるいことだ。

けれど、あと1回。1回だけでいいから夢を見たいと思った。








バチンッッ


しんと冷たい空気が漂う玄関に入った。

その瞬間、母から叩かれた。


叩かれた頬が痛い。おそらく明日には紫色になっているだろう。後の手当が面倒だ。


「なんて事。あなたは歴史ある伯爵家の長子なのよ。」

「…申し訳ございません。」

静かに頭を下げる。


「自覚が足りませんわ。あなたは──」

「はい。申し訳ございません。」

「私はね。この話を聞いた時──」


「とにかく、あなたは2日間食事抜きよ。反省することね。」

そう言い残してどこかへ行ってしまった。



それを冷めた目で見る。

(一言もなぜ家を抜け出したのか、とか怪我はないのか、とかは聞かないのね。)

はじめから期待なんてしていない。いつものことだ。




(…早く1ヶ月経たないかな。待ち遠しい。)

次の約束では何をしようか、どんなことを話そうか、そんなことに思いを馳せた。

たった2日の食事抜きなんて気にもならなかった。






「やっと…!やっとね!!」

毎日、日付を確認して約束の日まで指折り数えていた。そして長い長い1ヶ月が過ぎた。


あらかじめ準備をしていたおかげで、すぐに家を出ることができる。

服は捨てる予定の物を召使から貰った(盗んだ)ものがある。お店の道順だって何度も記憶を辿ったおかげで完璧だ。


偶然見つけた隠し扉を使い、家から抜け出す。


(何をしようかしら!)

ここ1ヶ月考え続けていたことだ。やりたいことはたくさんある。



そんなことを考えていたら、すぐに待ち合わせ場所に着いた。


遠くからカルロの姿が見える。

(来てくれたんだ。)


自然と気持ちが浮いて頬が緩んでいく。

約束を破ることだってできただろうに、きちんと守ってくれたらしい。

「カルロ!」

「待たせたか?」

「ううん、」



私が持ってきた“お金”が使えないことが判明したり、カルロの友人エルネを紹介されたりと、いろいろなことが起こった。

それでも、見捨てたりせず一緒に付き合ってくれた。



(想像していたものよりも、ずっと楽しい。)

普通の子供のように笑って、遊んで。そんな日常を過ごしてることが堪らなく幸せだった。






そんな夢のような時間も過ぎて、終わりがきた。


3人並んで道を歩く。

「お前もう街に来るのはやめろよ。」

「いやよ、肉串が食べれなくなるじゃない。」


「そういう問題じゃねえだろ…」

「まあまあ、」


胸がズキズキと痛む。

彼のいう通り、会い続けるのは危険だ。自分は貴族で、相手にとって害でしかない。

けれど、止められなかった。


(お願い、お願い…あと。ほんの少しだけ。)

それでも夢が1秒でも長く続いて欲しかった。





大通りを抜け、小道をあるく。


「今度は他のお料理も食べたいわ。」

「いいね。次はあそこのお店とかどうかな?」

「美味しそう!行きたいわ!」



「ん?あれカルロは?」

「え?」


ついさっきまで隣を歩いていた彼がいなくなっていた。

「あら?どこかへ行ってしまったのかしら…」

「うーん、そんなはずないと思うんだけどなぁ。」

(彼が勝手に居なくなるはずがないわ。でも、一体どこへ?)



周りを見渡すも、ガランとしていて誰も見当たらない。

(…こんなに、人影が少なかったかしら。)



「エルネさん。何か心当たりは、

っ…!?」


隣を歩いていたはずのエルネが見えない。


「エルネさん!?カルロ!!」

叫ぶが、誰も返事をしない。




何かがおかしい。






突然、背後から冷たい手が肩を掴み、口に布が押し当てられた。

「ん!?んんー!!!」


必死に抵抗するも、視界がぼやけ、意識がふわりと遠のく。



(だめ。今寝たら、まずいことに、)


強い眠気に耐えられず、目を閉じてしまった。







冷たい空気に触れ、目が覚める。

「ここは…?」


手を縛られて、動かせない。

周囲は薄暗く、子供が啜り泣く音が聞こえた。


(私は一体何を…?)



ぼんやりとしていた意識が徐々に形を作っていく。

(帰り際にカルロとエルネさんがいなくなって、そのあと…)



「っ、カルロ!エルネさん!!」

薬を嗅がされて眠らされたことを思い出す。




(だめ、だめよ。もし私のせいだったのなら…!)


焦りで呼吸が浅くなる。目の前が真っ暗になる。


もしも、この誘拐が自分の家族が手引きしていたとしたのなら、2人の命が危ない。街でのことがバレていた場合、最悪殺される。


「いや。やめて、お願い。」




私のせいで、人が、死ぬ?

シアはカルロ視点だと、突飛で無邪気なお姫様です。

おそらく、それがシアにとって1番成りたかった姿なのでしょう。

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