第7話:【PTSD】
リビングのソファで眠っていた俺は、肩を揺さぶられて目を覚ました。
「裕、大丈夫? すっごいうなされてたよ」
心配そうに覗き込んできたのはアンナだった。
「……夢か。ちょっと顔洗ってくる」
初任務の衝撃は、鋭い棘のように俺の心に刺さったまま抜けない。
それでも日常は止まってくれず、俺とアンナは訓練と模擬戦に明け暮れる日々を送っていた。
アンナは狙撃だけでなく、近接射撃も天才的だった。
だが、格闘戦だけは極端に苦手だ。小柄で体重が軽いせいもあるが、何より彼女は「殴り合い」を極度に怖がった。
逆に俺は、精密な射撃がどうしても上達せず、アンナによく笑われた。
「裕、もっとバーンッて感じ!ぐわああって狙うの!」
彼女の教え方は感覚的で擬音ばかりだったが、不思議と熱意は伝わってきた。
その甲斐あって、俺はショットガンを使った近距離戦闘に活路を見出した。
「近距離の裕と、遠距離の私。これで最強のバディだね!」
役割が決まってから、俺は死に物狂いで格闘術を磨いた。
訓練に没頭している間だけは、あの少女の最期を思い出さずに済むからだ。
だが、静寂が訪れる夜が来ると、また地獄が始まる。
うなされて起きるたび、鼻腔を突く血と硝煙の臭い。俺は逃げるようにシャワーを浴び、こびりついた幻影を洗い流そうとした。
そんなある日の夜。俺はアンナに、ずっと言えなかった夢の話をした。
「実は初任務以来、同じ夢を見るんだ。リーダーの女の子が、目の前で撃ち抜かれる夢」
「あ、それPTSDだよ。私も一緒!」
アンナは、まるで今時のJKみたいな軽いノリで同意した。
「トラウマか……。アンナは、どんな夢を見るんだ?」
「仲良かった友達が、目の前でバラバラになる夢! 現場で見ちゃったんだよね」
「……っ」
さらりと言ったアンナの言葉に、息が詰まった。
「さっきまで楽しく話してたのに。私、視力がいいからさ……見えちゃったんだ。友達が肉塊になるところまで、はっきりと」
いつも明るい彼女が、今にも消えそうなほど悲しい顔をしていた。
俺は何も言えず、ただ無言で彼女を抱きしめた。
「泣いていいんだよ。今日だけは、我慢しなくていい」
「……ありがとう。泣くね」
堰を切ったように、アンナは俺の胸で泣きじゃくった。
警官として、死神として、彼女が必死に押し殺してきた弱さ。初めて触れた彼女の本音。
俺は何も言わず、ただ彼女の頭を優しく撫で続けた。
しばらくして、アンナが涙声で俺の名を呼んだ。
「裕ぁ……」
「うん、どうした?」
どんな悲痛な叫びでも受け止める。そう覚悟を決めた俺に、アンナは顔を伏せたまま言った。
「鼻水、つけちゃった……」




