第39話:【合図】
N県、深い山中。
「それじゃあ裕くん、頼んだよ。我々は狙撃ポイントに着いたら連絡する」
「了解。……合図はどう送ったらいいですか?」
「そうだな……左手を挙げてくれ」
◇
『こちら高槻、アンナくんと共に配置に着いた。辿り着き次第説得を開始してくれ』
無線の声を背に、俺は木々の間を抜けた。その場所だけ不自然に空間が開けていた。木はなぎ倒され、岩は粉砕され、野生動物たちが無残な姿で転がっている。
その中心に、彼女はいた。
「やあ」
俺は努めて穏やかに話しかけた。少女は振り向いたが、明らかに様子がおかしい。青白い顔で、両手で頭を押さえている。
「頭が痛い……寄らないで……」
「話をしに来たんだ」
「……拳銃とナイフを持って?」
少女の指摘に、俺は迷わずそれらを目の前で地面に捨てた。
「これで素手だ。武器はない」
「私を捕まえに来たんでしょ……?」
「いいや、話しに来ただけだ」
「嘘だ!」
叫びと共に、目に見えない衝撃波が俺の体をさらった。何本もの木をへし折り、巨大な岩に叩きつけられる。
「がはっ!」
内臓が潰れる感覚。派手に吐血し、視界が一瞬ブラックアウトする。
「大人はみんな嘘をつく……!」
「嘘じゃない……っ! 俺も、お前と同じ実験体なんだよ!」
「……え?」
少女の動きが止まった。
「わかるだろ? 普通の人間なら今のだけで死んでる。俺は裕。ナノマシンの実験体で、再生特化型だ。だからほら!怪我ない!」
「確かに……死んでない……」
そこから、俺たちは少しずつ話し始めた。少女の名前は「ミナ」というらしかった。
◇
「実験って、どんなことをされてたの?」
「……頭の中を覗かれたり、掻き回されたりする感じ。無理やり薬を注射されたり、縛られて電気を流されたりもした」
「キツかったな……」
「ああっ……!」
不意に、ミナが頭を抱えて蹲った。
「どうした! 頭が痛いのか?」
「頭が痛い……割れそう……! 近づかないで!」
再び衝撃。俺は今度は上空、5、6階建てのビルに相当する高さまで跳ね上げられた。そのまま地面に垂直に叩きつけられる。
「ぐおっ!」
体が文字通りバラバラになりそうな衝撃。ミナは自分の意志とは無関係に超能力を暴走させていた。
「ミナ! 落ち着け!」
「近寄っちゃダメ……お願い……っ!」
今度は後ろに吹き飛ばされた。岩場に思い切り叩きつけられ、骨が何本も折れる音が体の中で響く。
「……こ、殺して……」
「え?」
「私を殺して! 自分でも制御できないの……苦しい、早く……!」
「そんなこと言うな! 何か助かる方法があるはずだ!」
「これは治らない……っ! 投与された薬の副作用なの!」
「高槻博士! ミナが副作用で苦しんでる! 落ち着かせる方法は!?」
無線に叫ぶが、高槻の返答は非情だった。
『軍に薬漬けにされていると言っただろう。脳が既に壊れ始めている。無理だ。……レールガンを撃つか?』
「やめろ……うわっ!」
今度は重力が増したかのように地面にめり込まされる。
ミナはその隙に、俺が捨てた拳銃を震える手で拾い、自分のこめかみに押し当てて引き金を引いた。
――カチッ。
運悪く、不発。あるいは彼女の無意識の障壁が火薬の燃焼すら阻んだのか。
「助けて……」
ミナは泣いていた。
近づこうとすれば拒絶の力が働き、その度に俺は地面や木に叩きつけられ、ボロボロになっていく。ナノマシンの再生が、ついに追いつかなくなってきた。
これ以上、何をすればいい。
彼女を救う唯一の方法は、本当に「これ」しかないのか。
「お願い……」
震える声で懇願するミナの瞳を見て、俺はついに――左手を、高く挙げた




