第29話:【絶望】
地下にはアンナがいる。今ここで俺が退けば、彼女の命はそこで終わる。
「俺が…俺が相手だっ!」
王から放たれる圧倒的な威圧感に足が震える。だが、俺は腹の底から怒声を絞り出した。
王は無表情のまま、片手で抱えた迫撃砲の砲口をこちらに向けた。
――ドォンッ!!
横っ飛びで、文字通り紙一重の回避。
直撃すれば塵も残らない。奴の狙いは、冗談抜きで精密射撃並みに正確だった。
俺はがむしゃらに距離を詰めようと走り出す。
王が再び迫撃砲を構えた。発射の瞬間、俺は床を転がって回避を試みる。直撃は避けたが、至近距離での爆風まではかわせなかった。右の足首が、衝撃で消し飛ぶ。
「くそっ……!」
王がトドメの一撃を構えたその時、横から巨大な影が割り込んだ。マフィアのボスだ。
「おおおぉぉ!!」
ボスの全力の体当たりが王を捉え、狙いが逸れる。砲弾が俺の頭の数センチ上を掠め、背後の壁を粉砕した。
「王……中国最強がどっちか、ここで決めようぜぇ!」
2メートルを超える巨漢同士、怪獣対決の幕開けだ。
ボスが王の頭を力任せに掴み、そのままコンクリートの地面へと叩きつけた。
――ドゴンッ!!
地響きがするほどの衝撃音。2回、3回と無慈悲に地面へ叩きつけられたところで、王が信じられない動きを見せた。ボスの巨体を、片手で軽々と投げ飛ばしたのだ。
「小僧! 呆けてんじゃねぇ、援護しろ!!」
ボスの怒声が響く。俺はビクッとして、「あ、あぁ!」と答えるのが精一杯だった。
(こんなの、こいつに効くのか……!?)
震える手で護身用の拳銃を抜き、引き金を引く。
王はボスの巨体を相手にしながら、神業のような動きで打撃を叩き込んでいく。突き、蹴り、投げ。それもすべて、片手に迫撃砲を抱えたままだ。
打撃の合間にひらりと飛び退き、俺の放った弾丸すらも紙一重でかわす。
怪物みたいなボスが、みるみるうちにボロボロにされていく。
足が再生し、俺はナイフを抜いて加勢に入った。だが、王は背後を向いたまま迫撃砲の砲身を振り回し、俺を殴り飛ばした。
数メートル吹き飛び、ビルの壁に頭を打ち付ける。
「ば、バケモノか……っ……」
再び立ち上がり、ボスの隣へ。二人掛かりで挑むが、王はそのすべてをいなしていく。俺たちの攻撃は空を切り、代わりに重戦車のような突きや蹴りが、ついでのように俺たちの身体を破壊していく。
ボスがとうとう膝をつき、崩れ落ちた。最後にあがこうと懐から拳銃を取り出したが、王の蹴りがボスに直撃。『蹴り飛ばした』そう表現するのが一番合ってたと思う2メートルの巨漢が、宙を舞う。
次は俺だ。決死の覚悟で突っ込むが、結果は同じだった。
躱され、いなされ、強烈な体当たりを食らう。
何度も、何度も。殴られ蹴られるうちに、身体の中のナノマシンが悲鳴を上げているのが分かった。ダメージの蓄積が再生の限界を超えようとしている。
俺はようやくの思いで、王の腕を掴んだ。
だが、もう指先に力は残っていなかった。ずるずると膝から崩れ落ち、王の腕を杖代わりにして、ようやく立っていられるだけの状態。
「終わりだ、小僧(中国語)」
何と言ったのかは分からなかった。だが、その声には一切の慈悲も、愉悦もなかった。
王はゆっくりと、迫撃砲の冷たい砲口を、俺の心臓へと押し当てた。




