第28話:【風前の灯火】
「ごほっ! おえぇっ!」
アンナは再び大量の血を吐き出した。
「アンナ! アンナ!」
激しく肩を揺すったが、傷口が泡立つ気配はない。再生が始まらない。どうすりゃいいんだ……俺の時は、弾さえ抜けば治ったじゃないか!
大量の返り血を浴びたボスが、戦火を割って駆け寄ってきた。
「どうした!? 対ナノマシン弾か!?」
「おかしいんだ! 弾を抜いても再生しない!」
「……チッ、内臓の損傷が酷すぎるか。馴染みの闇医者を紹介する。すぐ近くだ! おい、案内してやれ!」
ボスは手近な部下を呼び寄せ、顎で指示を出した。
俺はアンナを背負い、マフィアの案内で走り出した。
「アンナ! 助かるからな! しっかりしろ!」
「裕……寒い……っ」
「怪我治ったら温かい物食べよう。な?」
「うん……痛いよぉ……」
背中越しに感じるアンナの身体は、驚くほど軽かった。こんな小さな少女に、俺はずっと背中を預けていたのか……。頼りきっていた自分が情けなくて、視界が滲む。
アンナの痙攣が強くなり、不意に温かい感触が俺の腰辺りに広がった――失禁だ。
「ごめんね……汚しちゃった……」
「大丈夫だよ! こんなもん、なんでもねぇよ!」
「裕ぁ……死んじゃったら……ごめんね……」
「許さん! ……絶対に許さん……!」
走りながら、俺は子供みたいに泣いていた。
「眠い……」
「絶対寝るな! 起きてろ! 俺を見ろ、アンナ!」
辿り着いたのは、何の変哲もない雑居ビルの地下だった。
重い防音扉を開けると、そこには外の喧騒からは想像もつかない、最新鋭の医療設備が整った施設が広がっていた。
奥から、白衣を着た初老の男が姿を現す。
「対ナノマシン弾だな?」
「先生! 助けてください、お願いします!」
「高いぞ? 払えるか?」
「払います! 一生かかってでも、臓器を売ってでも払います! だから、アンナを……!」
男は俺の血走った眼を見て、短く鼻を鳴らした。
「……わかった。外に出ていろ。ここからは私の仕事だ」
俺は無理やり手術室から押し出された。
扉が閉まった瞬間、――地上から凄まじい爆音が響いた。
何かがおかしい。
俺は本能的な恐怖に突き動かされ、地上へと続く階段を駆け上がった。
ビルの入り口。瓦礫の山となった路地の中心に、奴はいた。
片手で重厚な迫撃砲を構え、無表情にこちらを見下ろす大男。
見た瞬間、俺は息ができなかった。
「王……っ!」
中国最強の殺し屋が、絶望を連れてそこに立っていた。




