第9話:【不穏】
「あ……ぐっ……! ごほっ!」
首を裂かれ、俺は口から大量の血泡を吐き出した。視界が真っ赤に染まり、膝から崩れ落ちる。
(……やばい、意識が……!)
遠のく意識の中、俺は苦しまぎれに背後の奴の足を払い、転倒させた。それと同時に、乾いた音が地下室に響く。
――パンッ!
眉間に熱い衝撃が走り、至近距離から放たれた弾丸が後頭部へと突き抜けた。脳をかき回されるような激痛。
「いってぇ!!」
俺は傷口を押さえて後ろに倒れ込んだ。犯人の男が忌々しそうに中国語で何かを呟き、闇の中へと逃げ出していく。
「ま、待てぇ……!」
朦朧としながらも暗闇に向けて数発撃ち返したが、手応えはない。
「アンナ! 犯人が逃げた! そっちへ行ったぞ!」
無線の直後、地上から一発の銃声が聞こえた。
――タァンッ!
「アンナ!」
俺は再生し始めた首を押さえ、よろけながら階段を駆け上がった。
入り口に辿り着くと、そこには頭から血を流して倒れている男と、銃を構えたままのアンナがいた。
「裕!」
俺の姿を見て、アンナがようやく拳銃を下ろした。
「アンナ、無事か!? ……あぁ、仕留めちまったか。確保はできなかったな」
「裕こそ大丈夫!? 服が血まみれだよ!」
「……ああ、治った。もう平気だ」
「よかった……。撃たれそうだったから、咄嗟に……」
アンナが安堵の息を漏らす。
「仕方ない。高槻博士に連絡しよう。中に手がかりがあるかもしれないし――」
その時だった。
眉間を撃ち抜かれ、死んだはずの男が、あやつり人形のようにガタガタと立ち上がった。
「え……?」
男の瞳には生気がない。彼は無言のまま、手に持っていたスイッチを押し込んだ。
「伏せろぉ!!」
俺は咄嗟にアンナを抱き込み、覆いかぶさった。
直後、鼓膜を震わせる轟音と共に、視界が真っ白に染まった。
――ドォォォォンッ!!
凄まじい大爆発。建物全体が揺れ、コンクリートの片が降り注ぐ。俺たちの体は衝撃波で吹き飛ばされた。
「ぬうぅ……」
瓦礫の山から這い出し、下になっていたアンナを助け出す。
「大丈夫か?」
「げほげほっ……うん。でも、証拠ごと全部吹き飛んじゃったね」
アンナは煤だらけの顔で、崩落した地下室の入り口を見つめた。
「……なぁ、アンナ。さっきの男、急所を外してたんじゃないのか?」
「まさか! 私の射撃だよ? 確実に眉間をぶち抜いたもん」
俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
頭を撃ち抜かれても動く死体。超人的な再生。爆弾による証拠隠滅。
「……ナノマシン兵、か?」
「……多分。それも、私たちとは違うところで作られた……」
男の姿は、すでに煙の向こうに消えていた。
この国で、高槻博士以外にも「ナノマシン兵」を造り出している存在がいる。
不穏な影が、M市の空を覆い始めていた。




