第8皇女は今日も放置気味。〜公爵様、溺愛と言ったら聞こえがいいけれど、これは現世ではストーカーと言うのです。〜
溺愛ものを書きたくて。
「だからそうだと言ってるじゃないの!」
疎まれないよう淑やかに。そう自らに言い聞かせ、過ごしてきた16年。こんなに声を張り上げたのは初めてよ。
❉❉❉❉❉❉❉
私はアマリエ・シュドナ・ザナンザ。
ザナンザ帝国で沢山いる皇女の1人。兄姉が何人いるかなんて覚えていないわ。
―皇女の中では、多分、8番目だったと思う。
私自身ですらこうなのだから、周りはもっと私のことなんてどうでも良いはず。
ただ、1人、この人を除いて。
「殿下。こちらにいらしたのですか?今日は少し寒いですので、こちらをどうぞ」
「カイゼル。さっきも1枚貰ったわ。これ以上重ねると動けなくなってしまう」
ドレスの上に、羽織を2枚。更に1枚足そうとするこの男は、カイゼル・ノヴァレンダ。ザナンザ帝国の若き公爵である。
アマリエの抗議をはねのけ、カイゼルは毛布のような白い羽織をふわりとかけた。
アマリエはカイゼルをジトリと睨む。
「ふむ。たしかに動きにくそうだ」
そう言うと、カイゼルはアマリエを抱き上げた。
「ちょ、ちょっとカイゼル!私はもう16なのだけど?」
「存じております」
(存じてたら抱き上げないのよ!)
アマリエは抵抗したが、自分と20センチ以上違う鍛え抜かれた体躯に、自分の抵抗が及ぶ訳がない。早々と諦め脱力した。
❋❋❋❋
カイゼルとアマリエが初めて出会ったのは、10年も前のこと。
当時6歳だったアマリエは、側室の母に連れられ慈善事業に赴いていた。
15歳だったカイゼルは、6歳ながら静かに母の仕事を手伝っていた私を見て、感銘を受けたのですって。
6歳で慈善事業に付いてくるなんてえらいでしょう?
それは本当にそう。でも全然苦じゃなかったのよ。何故なら私は転生者だから。前世の記憶があって、中身はだいたい30歳よ。手足こそ小さくて不便だったけど、戦争孤児の子たちの世話はとてもやりがいがあったの。
カイゼルが私に話しかけてきたのは私が8歳の頃だったかしら?すでにその時から私を崇拝してるものだから、無下にも出来ず。何にしてもこんなに見た目の良い男の子から慕われて、嫌な気なんかする女の子はいないわ。
それからと言うもの、付きまとわれて、愛でられて――私が彼を好きになってしまうのも、仕方のないことでしょう?
「今日も孤児院に行かれるのですか?」
「ええ。今日は絵本を持っていく約束をしたの」
「護衛は誰を?」
(また始まったわ)
アマリエは呆れてカイゼルを見た。
「カロシュ卿よ」
「うーむ」
カイゼルは手を組み、思案して、いつものように言った。
「彼は皇女殿下を見る目が邪です。アレックスをお連れください」
「カイゼル。いい加減にして。もう5人目よ」
アマリエはため息を付いた。
自分で言うのも何だが、アマリエは美しい。
しょうがないでしょう?皇帝が一目惚れする程の美貌の踊り子の娘なのだから。自分にちょっと見惚れたくらいで護衛を替えていてはキリがない。
ありったけの力を眉間に込めてアマリエはカイゼルを睨んだ。
カイゼルがじりじりと後ずさる。
「か、可愛い」
「1番邪なのは貴方よ」
ピシャリと言うと、カイゼルはにっこり微笑って言った。
「仕方ありません。目に入れても痛くないほどに可愛い貴方ですから」
「入らないわよ」
カイゼルが言うたびに、自分がどんな思いをしているのかこの男は知りもしないだろう。
「ではアレックスは置いていきますので、これで失礼します。風邪を引かぬよう暖かくしてお出かけください」
「ふん、返さないからね」
プイッとそっぽを向いたのに、カイゼルは明らかに機嫌よく出て行った。
このように、カイゼルはアマリエを溺愛している。
妹のように、娘のように。アマリエが望む愛の形ではないのだ。
「貴方の主君、どうにかならないの?」
「申し訳ありません」
カイゼルの部下のアレックスは、下を向いて謝罪した。
カイゼルを男性として好きだと気付いたのは、10歳の時だ。それから密かに想い続けているのだが、そろそろ密かにしていてはいけない気がする。
カイゼルの気持ちがどうであろうと、自分は皇女。カイゼルは公爵。嫁げる可能性は充分にあった。
行動に移さねば、姉たちにとられてしまう。
「アマリエさま?」
声をかけられてアマリエは我に還った。
「あ、ごめんなさい。どこまで読んだかしら」
「ここ!ここだよ!ドラゴンのところ」
「アマリエさま、今日は公爵さまは来ないの?」
「ええ、忙しいみたい」
カイゼルは仕事の合間をぬって、アマリエに付いて孤児院を何度も訪れた。送り迎えだけと言いつつ、子供たちと遊んだり、修繕を手伝ったり。
本職は軍部の総司令官をしているそうなので、暇ではないはずだ。
「今日は夜ごはん一緒に食べる?」
皇女が孤児院で夕食を共にするなど、他の兄弟たちが聞いたら卒倒するだろう。しかしアマリエがいないだけで、皇宮は騒ぎにならないし、夕餉を欠席したとしても気付くものも少ない。アマリエはにっこり笑って応えた。
「いいわね。久しぶりに一緒に食べようかしら」
孤児院を出る頃には辺りが暗くなり、少し先の市場が賑わっていた。
「今日は末日なので市場が賑やかですね。そのせいか馬車が遅れています」
「そうね。たのしそうな音楽が聞こえるわ」
(現世で言うと花金ね。行ってみたいけど、アレックスが困るわよね)
そわそわしていると、アレックスが言った。
「行ってみますか?この辺りは治安がいいので」
「いいの?」
(絶対に駄目だと思ったわ)
「ええ。この時間だと既に近くにいらっしゃると思うので」
❉❉❉❉
市場が近づくと、美味しそうな匂いがしてきた。
焼き鳥のような物に、飴細工の店もある。
「可愛い」
うさぎの飴細工に見惚れていると、後ろから声がした。
「店主。これを1つくれ」
振り向くと、カイゼルが立っている。
「姫、どうぞ」
飴細工を受け取り、アマリエはカイゼルを見た。
「い、いつも寄り道してる訳じゃないのよ?今日はたまたま」
「分かっております。殿下はいつもまっすぐ皇宮へ戻られますので」
「でもよくここが分かったわね?アレックス卿が連絡したの?」
「いえ、以前お渡しした、こちらの魔石に追跡魔術が付与されてますので」
「·······お返しするわね」
アマリエは笑顔でブローチをちぎってカイゼルに押し付けた。
「GPSなんて悪趣味よ。だからいつも私のいる場所が分かったのね」
「じーぴー?しかしまた皇子殿下から意地悪などされた時に····」
「あれはもう5年も前でしょう。さすがにお兄様ももうあんな事はしないわ」
5年前、兄たちと共に遊覧へ行った際に、置き去りにされたことがある。すぐにカイゼルが来てくれたので、置き去りにされたすら気付かなかった。
「慌てないわね。まさか他のジュエリーにも付与魔術をしてるの?」
カイゼルは一瞬目をそらせ、にっこり微笑った。
「さ、殿下。もう暗くなります。さすがに皇宮へもどりましょう」
「あなたね···」
カイゼルに貰った宝石を付けられないではないか。まとめて魔塔に持って行かねば。
「どうしてそんなに私に構うの」
「いけませんか?皇室騎士団であり、中部の軍部司令官ですので、皇族を守るのは当然でごさいます」
模範的な回答に、アマリエはムッとなる。
「それだけかしら?」
きょとんとこちらを見る灰色の瞳に偽りはなく、アマリエは深くため息を付いた。
「はぁ。もういいわ。もう帰りましょう」
❋❋❋❋❋❋
帰りの馬車のなか、アマリエは唐突に聞いた。
「カイゼル。貴方いくつになったの?」
「はい。今年で25になりました」
「婚約者はいないでしょう?」
「はい。おりませんが···?」
「私がなります」
「はい。――ん?え?今なんと?」
思った以上の狼狽ぶりに、アマリエは笑ってしまった。
(しまった)
笑ったことで、カイゼルは冗談だと思ったのかカイゼルも笑う。
「はは。殿下ご冗談を。どうして私と婚約などなさるのです?」
「貴方を他の女性にとられたくないからよ」
「殿下?誤解を産む言い方をされてはいけません。まるで貴方が私に気があるように聞こえます」
「だからそうだと言ってるじゃないの!」
アマリエはカイゼルのクラバットを引っ張り、顔を近づけた。口にするのも癪なので、口の横、ぎりぎりの所にキスをする。
クラバットを放して、睨むように灰色の眼を見据えた。
カイゼルの瞳に、驚愕の色が浮かんでいる。
してしまったことは取り返しがつかない。
(泣いてはだめ。どうか拒否しないで)
すると、みるみるカイゼルの頬が紅く染まった。
「――な」
カイゼルが固まっていると、馬車が止まった。皇宮に着いたようだ。
アマリエはエスコートも受け取らずさっさと降りて、振り返って言った。
「私の言ったこと、分かったわね?肝に命じなさい!」
9歳歳下の女の子にキスをされただけで、腰を抜かす男をこれから口説かねばならない。スキップしたくなる気持ちを抑えて皇宮へ戻った。
読んでいただきありがとうございます。溺愛ものを書きたくて。
カイゼルを振り向かせようとするアマリエの今後もそのうち書くかもしれません。




