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「あれ、どうしたのですか、皆さんそろって」
男は振り返ると同時に、背後に両手に持ったフラスコを放り投げる。
フラスコは建物に当たると、爆発した。その威力はすさまじく、一撃で建物を崩壊させ、私たちの所まで爆風が吹く。
「それ、返してね。それとおいたがすぎるから、ここから居なくなってもらうよ」
サキュエルが指さしたのは、男が小脇に抱えていた何かしらの金属で出来ていた謎の球体。おそらくそれが記憶を取り戻すのに必要なのだろう。
「お断りだね。僕は僕のガールフレンドに会いに行くんだから」
虚空を抱きしめ、恍惚とした表情をする男。もはやそこにあの冷静な男の面影は残っていない。
「彼女に会ったら、イロイロやりたいこともあるし、ね」
気色の悪い語尾の上げ方に、立つ筈の無い鳥肌が立ちそうだ。記憶の有無で、人はここまで変わるのか。いや、タイヨウ様は少し静かになった位だった。ここまで変わるのはもはやこの男の性質だろう。
「だめですよ~ここでは私が絶対よ」
サキュエルは翼を広げた。その翼の一振りで、周囲から立ち込めていた煙が消える。煙だけじゃない、炎すら、それだけで消えてしまっていた。
「っち!」
男がフラスコをサキュエルへ投げるが、当たる前に空中で静止し、地面に落ちて割れる。
先ほどまではフラスコが割れるだけで爆発していたが、地面に落ちたフラスコが爆発する様子はない。
「ち、近寄るな!」
サキュエルがなにかを言うことはない。投げられたフラスコをひたすら地面に落としながら、一歩一歩と歩みを進める。
その表情は微笑み。自身を追い詰める相手が微笑を浮かべているというのは、相当に不気味なものだろう。男は狂ったようにフラスコを矢鱈と放り投げる。
サキュエルの周囲を守る何かは、サキュエルの近くにしか作用しないのか、建物や逃げる天使に当たったフラスコはしっかりと爆発していた。
その光景は、とてもじゃないが表現するのはためらわれる。ここにタイヨウ様が居なくて良かった。
ただ、私たちの、というより、ツキ様の元へ投げられたフラスコが爆発しないのを見るに、近くにしか作用しないのではなく、サキュエル自身がそう選択しているのだろう。
私の知能構造の根本は、人のものを使っている。この行動に対しては忌避感しかない。もし、タイヨウ様を助けるためでなかったら、絶対にこんな者と関わることはないだろう。
「さ、目的も完了したし、帰りましょう!」
言葉の端に音符でもついていそうな声で言うサキュエル。
その足元には、顔を青ざめ、自身の首を抑えたまま泡を吹いて倒れた男がいた。脇に挟んでいた球体はサキュエルの手元に戻っていた。




