85
「今のは?」
地面を揺らすほどの振動。遠くから黒煙が噴き出ているのが見えた。
「あの方角、あの男が住んでいたほうだ」
私たちが話している間にも小規模な爆発が何度も響く。爆発の音こそ小さいが、黒煙の量は増すばかり。
「あまり、悠長にはしてられなさそうね」
「あの男は、どうして記憶を消されてたんだ? まぁだいたいの予想は出来るが」
「あのくらいのやんちゃだからまだ良いけど、あの子は自分の家族まで危険にさらしたから」
「あのくらいって、町を爆破させるのがあのくらいなのですか?」
「天使は死なぬし、あの程度の爆発ならすぐに逃げれるからな。だからこそ、その罪に対する罰も肉体的なものではなく記憶のようなものになる」
「そう。それで家族からの願いで記憶を消して遠くに住ませることになったの」
「それが分かってるなら、どうして記憶を戻したのですか?」
私の疑問に、サキュエルはポカンと口を開いて、その首を捻った。
「どうしてって……お願いされたから?」
「えっ……と、つまりそんだけのことを犯したのに、記憶を戻してくれと来たから、記憶を戻したと?」
「えぇ」
「こうなるとは、予想できなかったのですか?」
家族すら傷付けることを厭わないような人の記憶を戻したらこうなることなど、とうに予想できるはずだ。どういうことか。
「そりゃ、こうなると思ってたよ? でも、そうなったら今度こそ重い罪にすればいいだけだから」
私に向かって帰ってきた返答はあまりにも予想外、いや、ある意味予想通りのものであった。
天使らしい傲慢な対応。死を知らぬからこその適当さ。サキュエルにとって、今起こっている惨劇も、ちょっとしたイベントでしかないのだ。
「そろそろかしらね」
走って向かう先は、男のおんほろ小屋があった方向とは違っていた。
そこは鬱蒼としていない、普通の住宅街、いや、住宅街だった場所だ。
今はその家の殆どが瓦礫と化しており、噴水からは、水が吹き出して広場を水浸しにしていた。平和なはずの風景は戦後のような、凄惨なものへと変わっていた。
段々と近づく爆発音に伴って、町の風景もより凄惨と化す。
炎に巻かれる建物の下、こちらに助けを求めて手を伸ばす天使。
「助けないのですか?」
私が思わず足を止めるも、サキュエルはそちらを一瞥するだけで足を止めない。
「えぇ、だって暫くしたら治るもの。それより早くあの男を掴まれなきゃ」
善悪も道徳もない、ただただ無慈悲で冷酷、いや、サキュエルにとってはそれが普通で、そこに悪意もなにもないのだろう。
「ツキ様……」
「助けたいなら助けなさい。私もそこまで天使寄りの思考じゃないわ」
私はツキ様の許可を得て、建物を持ち上げる。
「助かった……! ありがとう!」
這い出てきた天使からの感謝もほどほどに、私はサキュエルを追いかける。周囲からは未だ悲鳴が聞こえるが、キリがない。
私は目に見える人だけを助けつつ、急ぐと、サキュエルが止まっているのが目に入った。
サキュエルの立つ先はまだ壊されていない普通の住宅街だ。そんな町と瓦礫の境目に、男は立っていた。




