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「なに、私のこと好きなの?」
そこに軽蔑や嘲笑の色はなく、純粋な驚きだけだった。
顔が赤くドクドクと脈打つ。まるで心臓が顔に迫り上がってきたみたいだ。
「……そりゃあんな風に話しかけてくれたら、好きにもなるでしょうよ。別に良いんだよ。もう過ぎた話だから……私は飛行機に行ってるよ。ツキさんが来たら帰るから。ここにはもう来ないよ」
「どうして?」
立ち去ろうとした私の袖が引かれた。小枝に引っかかったような些細な力だったが、私はまるで全身を縛られたみたいに動けなくなった。
「どうしてって、気持ち悪いだろう?」
「あなたって、本当に身勝手ね」
その声は震えていた。私が振り返ると、彼女はそのガラスのような瞳から淡く光彩を放つ涙を一粒、二粒と流していた。
「え?」
「私が、いつあなたを気持ち悪いって言ったの? 私だって同じ気持ちよ」
「それって」
その時、彼女が私の胸元に顔を寄せた。
「ごめんね。許して」
胸元が冷たく濡れる。小さく啜り泣く彼女を、私は黙って抱きしめた。
「……取り乱したわ」
しばらくの後、彼女は私の胸元から顔を離した。
あくまで平静を装っているが、その眼は赤く腫れ、前髪は乱れていた。
「そしたら、屋敷に戻らないとね」
様相こそ乱れているが、彼女はすぐに落ち着きを取り戻し、仕事モードのいつもの彼女に戻った。
「そう、だね」
これでもうお別れかと思うとすこし悲しかったが、最後に想いが通じただけでも良しとしよう。
他愛のない話をしていると、門前までは一瞬で着いてしまった。もっとなにか、彼女を引き留める話題はないかと考えるが、記憶を失った身では共通の話題などない。
ツキ様はまだ中にいるのか、門番がいるのみだ。
「では、ツキさんを呼んできますね」
彼女は最後に笑って屋敷に戻っていった。
「と、まぁ、ツキ様のおかげで彼女に想いを伝えられたという訳です」
話を終えたヘローはふぅと一息ついた。
そのころ、私の元にもツキ様が来ていたのを覚えている。技術提供をしてほしいとマスターに頼まれていたのだ。
生憎マスターは忙しくそれを断ったのだが。なるほど、あれには飛行機の事も含まれていたのか。
「では、それ以来……」
「えぇ……」
「おい、あんま虐めてやんなよ」
しんみりとした空気の中、呆れた表情でウィンが戻って来た。
「婆さんならまだまだ不気味なくれぇに元気じゃねぇか」
「え?」
私はどういうことかと、ツキ様とヘローの顔を交互に見る。
「いやぁ、私は私が思うよりも愛されていたようで、彼女屋敷に戻るや否や辞表を届けて私と共に地上に堕ちて来たのですよ」
ヘローは照れくさそうに自身の頭を撫でて笑った。




