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「あなた、どうして」
彼女は私を見ると、驚いて目を見開いたが、すぐに平静を装う。
「失礼しました。ツキ様ですね。どうぞ」
彼女はツキ様を通すと、私が入ろうとするのを止めた。
「どうして来たんですか。追放された天使が、もう一度ここに来る意味が分からないあなたではないでしょう」
「分かってる。それでも誤解を解きたくて」
耳元で話す彼女。軽蔑されているようではなくて、少し安心した。
「誤解?」
「あのとき、私は決して御子に手を出そうとしたんじゃなくて、双眼鏡を返してもらおうとしてたんだ」
「そんなわけ。じゃあ、私が勘違いしたせいで……」
少し俯き、考える素振りの彼女。手が少し震えている。
「違う! 君の行為は正しい! 私が襲う風な行為をしていたのは事実だ。この処罰も文句はない。けど、君に誤解されたままなのだけは嫌だったんだ」
「でも、もしその話が本当なら。私はあなたを犯罪者にしてしまったということですよね。何がお望みですか?」
私を睨むような、怯えるような眼で、彼女は見つめてきた。そこで私は気づいた。
あのとき、あの日誤解が解けなかった時点で手遅れなんだと。今の私は、彼女を落とし忌める。または自責の念によって苦しめるだけの存在なのだと。
「ううん。何も。ごめんよ。私は飛行機で待ってるから」
「……おい、メイドよ。サキュエルには私から言っておく。その者と少し出かけてろ」
「え」
「ですが!」
「良いから」
そうして、彼女は押しのけられるようにして、私の目の前に出てきた。
「……えっと。とりあえず、どこかでお茶でも」
気まずい沈黙。私は頭を回転させて言葉を発した。
「……」
返答はない。私たちは特にこれといった目的地もなく歩き始めた。
収支無表情の、どこかムッとしたような表情で彼女は歩く。
「……どうしてあの日、弁明をしなかったの」
「えっと」
「あの日、その証言をしていればもっと軽い罪になったんじゃないの?」
「それは」
恐らく、裁判でのことを言っているのだと理解できた。しかし、私の中に裁判の記憶はない。しかし、それでも祖jの時の私の気持ちは分かった。
「ごめんね。覚えてないや」
「嘘つかないで」
そっぽを向いていた彼女と目が合う。その顔は真剣で。覚悟のできた表情だった。
「覚えてないのは本当だよ。ただ、多分――」
私は一呼吸おいて口を開いた。
「君が、嘘の証言をしたと、思われたくなかったんじゃないかな」
天使の裁判において、証言は厳正厳粛なものではならない。裁判に発展した以上、そこに嘘があった場合尾、その証言をした者もそれ相応の罰が与えられるのだ。
「そんな、そんなことの為に黙って堕ちたの?」
「いやぁ、恋は盲目って言うしね」
「え?」
きょとんとした彼女の表情が、何を意味しているのか、そのときの私にはすぐに理解できなかった。




