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彼女はメイド、ヘローは執事だった。使える大天使は、周りのごく一部の侍女にしかその姿を見せない。
彼女はそんな大天使に謁見できる天使だった。
そんな彼女も、普段の仕事は変わらない。私がこのように下界を見下ろしていると、話しかけてくるのだ。
「おもしろいよ。やっぱり人間は」
私は双眼鏡を彼女に手渡すが、彼女はそれをそっと避ける。
地面を透過して、下界を覗ける代物。天使の特権だと思ってくれればいい。
「理解できませんね」
彼女の視線が庭先に移る。
「お嬢様。今お茶を」
庭先のガゼボにやって来たのはまだ幼い大天使様の御子。
その容姿は、幼いながらも美しく、彼女はそんな御子の世話を任されていた。
御子の要求に忙しなく動く彼女を見ながら、庭いじりをする。それが私の日常だった。
それが変わった日の事は今でも忘れない。
あれは、私がいつものように、地上を覗いていたときのこと。
「何を見ているの?」
いつもの彼女の声ではない。
「えっと、少し下界の様子を」
御子だ。しまったと思った。その眼は好奇心にあふれていた。
「貸して!」
私は手に持っていた双眼鏡をひったくられた。地上に関与しない。それが天使の常識だ。
「なりませぬ!」
しかし御子はまだ幼い。もし、地上にご興味を持ってしまったら。
私は、その手からすぐに双眼鏡を奪った。
「なんで! 頂戴! ちょうだい!」
「いけません、なりません!」
「なにを、しているのですか!」
御子の泣き声に慌てて駆けつけた彼女が見たのは、双眼鏡を奪い返すため、御子を押し倒す形になっていた私の姿だった。
あのときの、私を心底軽蔑した顔。それを私はきっと死ぬまで忘れないだろう。
御子を襲った犯罪者として、家族諸共、片翼を捥がれ、私はエデンの園での記憶のほとんどを消されてこの町へと堕天させられた。
お蔭で、彼女の名前も家族の顔も覚えていない。彼女の誤解を解く機会も、この歳になっても解決する機会には恵まれなかった。
下界に堕ちた私を拾ってくれたのは、この町だった。
偶然か運命か。この町の人々は私を暖かく迎えてくださりました。
元々羽で自由に飛んでいたので、この体は不自由で、空を飛ぶことに憧れていました。
そんな気持ちの裏に、もう一度エデンの園に行けたらという想いがあったことは否定しません。
しかし、以前はただの庭師だった私には、当然飛行機を作る設計手段はございません。
どうしようと悩んでいる際に、現れたのがそう。ツキ様なのです。




