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「どいてください! 通りますよ!」
男の怒号と、女性の悲鳴が響く。幸いクラクションを鳴らしていたからか、轢かれた人はいなさそうだ。
人の波が車を中心にかき分けられる。
アクセルを緩めず走ると、街は案外すぐに抜けた。
久方の太陽光に、瞳のレンズが縮む。試しに後方の上空を見上げてみても、影が射しているだけで、浮島は見えない。
一体どれほどの上空に位置しているのか、セロの目でもその位置を特定はできなかった。
「ここからまっすぐよ」
しばらく、当てのない道なき道をツキの言うとおりに走らせた。荒野に徐々に草花が増え、ついには馬車道に出た。
馬車道を進むと、ぽつぽつと家が建ち始め、土の押し固められた道も、アスファルトに変わった。
人もぽつぽつと現れ、まるで遷移するように、現代的な街並みへと変わっていった。
それは、どこかあのときの、誰も居なかった街並みを思い起こす建物ばかり。
「ここは聖女の町から逃げてきた奴らが造った町なんだ」
「どうりで」
私たちは何度かの曲がり角の先にある、ごく普通の一軒家の前で車を停めた。
「ここですか?」
「そう、インターホン押しちゃって」
「分かりました」
私がインターホンを押すと、しばらくして玄関が開いた。
「えっと、どちら様ですか?」
出てきたのは杖を突いた老人。その背中からは片翼の羽が生えているが、その羽はもう萎れてしまって、艶が無い。
「久しいなへロー。随分老けたな」
「その声は……」
ヘローと呼ばれたその老人は、震える足取りで、私たちの元まで歩いてきた。
「ツキ様でございますね。大変、大変お久しゅうございます」
老人は手を合わせて、震えながらお辞儀をした。
「本日は、どのような御用で?」
落ち着くのを待つと、私の前に立っていたのは、もうあの震えているだけの老人ではなくなっていた。
背筋が伸びている。ぼけ老人のようだった瞳が、まるで命を吹き返したように輝いていた。
「エデンの園に行きたいの。頼める?」
「もちろんです。ただ、私ももう現役からは退いてまして、せがれのもとへ案内しますね」
「えぇ、そこは車で向かえるかしら?」
「いえ、生憎ながら……私の運転で良ければすぐ迎えますが」
「それでいいわ」
ヘローの家の駐車場に車を停めると、その横にはプロペラが先端に付いた飛行機が置いてあった。
二人乗りの細長いものだ。
「これに乗っていくんですか?」
「安心し、あの頃のヘローは一流のパイロットだったんだから」
「あの頃って、何年前ですか?」
「今から約三千年前ですね。お懐かしい限りです」
ヘルメットに、ジャケットを着たヘローが震える足取りで操縦席に座る。
本当に大丈夫なのか、これならいっそ私が運転した方が良い気がしてきた。




