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「水が尽きてしまったので、汲んできてもらえますか?」
「はい」
僕は小屋に立てかけられたバケツを持って、共同の井戸へと水を汲みに行く。
僕を助けてくれた男。名前をラファというらしい。
彼の寛大な対応のおかげで、ここでの生活にも慣れてきた。
基本、僕は掃除や料理など、身の回りのことをしている。
彼は日がな一日資料を読んだり、偶に薬草を摘みに出かけたりしていた。
「ねぇ、それちょうだい?」
井戸の屋根に獣が座っていた。赤くギラついた眼をした茶色い獣。
不敵な笑みを浮かべて、しわくちゃの手で僕を招いていた。
「それって、これ?」
僕は手に持った空のバケツを掲げる。木で出来たそれは水が入っていなくともそれなりの重量がする。
「ちがう。ポケットのそれ」
「ポケット?」
ポケットは、ラファさんに触れられた際に渡したもので全てのはずだったが。
「あれ? なにかある」
ポケットを探ると、指先にこつんとなにかが当たる。
取り出してみたそれは、小さな白い箱だった。
「いつの間に」
ラファさんが見落とした? そういえばポケットを自身で確認するのは、起きてから初めての事だった。
「それ、ちょうだい」
茶色い獣は僕の返事も聞かずに、僕の手からそれを奪い取った。
「おかしい」
確かに、獣は僕の手からそれを奪った。しかし、僕の手の平には変わらず、白い箱が残っていた。
「おかしい、おかしい、おかしい、おかしい」
獣はなんども僕の手からその箱を取ろうとするが、一向に取ることができない。
まるで、幻覚のようにすり抜けてしまう。
「どうして、とれない」
「どうして、っていわれても」
僕を見られても困る。そもそもこんなもの持っていた記憶ないのだから。
獣はしぶしぶといった様子で井戸の屋根に戻った。
僕は獣に恨めしそうに見られながら、水を汲んで戻った。
「おかえり」
「ラファさん、これ見てください」
「ん?」
僕はポケットから先ほどの白い箱を取りだした。
「これは?」
ラファさんが僕の手から箱を取ろうとするが、やはりすり抜ける。
「これは……一体」
「ポケットに入ってたらしくて」
「ふむ、君は触れられるのですよね」
「はい」
「なら、開けてみるのはどうですか? 開きますよね。この箱」
「はい、多分」
僕は言われるまま、箱を開いた。




