63
それを行うのに必要な材料がなにもかも足りなかった。
「やるしかないのね」
私は本を開き、ページに綴られた呪文を唱える。
途端。世界が暗くなる。歪んだ人の顔のような靄が周囲を浮かび、唸り声をあげる。まるで歓喜に震えているようだ。
材料のない中、呪文を唱えるとどうなるか。
人の体はエネルギーを作る際、まず糖質を使うらしい。そしてその次に脂質。それもなければ筋肉を使う。
この呪文も同様。材料がないならその代替品を求めるのだ。
この場でその代替品になるものはふたつ。
黒蛇の死体と、私の身体だ。
黒蛇の身体が一瞬で溶け、骨すらも砂となってしまう。それでもなお呪文は血肉を渇望する。
自身の身体から急速にエネルギーが抜け落ちていくのを感じる。
それは、この永い生涯で溜めたほとんどのエネルギーを使うほどだった。
気が遠くなるほど、長い時間が経った。
私のエネルギーを完全に吸い尽くしてやっと、呪文はその腹を満たした。
タイヨウの身体だったものが凝縮し、球体上の液体となって宙に浮く。
それを包むように、リュックが無から生み出され、影が地面で沸騰し、そこからタイヨウの肉体が生み出された。
その肉の人形はタイヨウの元の年齢より高く、一人で動けるよう強制的に成長させられていた。
その背中にリュックは張り付き、今あるタイヨウが生まれた。
「えっと、タイヨウ様が幼少期の時から呪文を唱えていたのですか?」
「えぇ、そうなるわね」
「一体、どれほどの時間を」
タイヨウが子供のころというのは、今から三千年前、そこから呪文を唱え続けていたとなると、一体どれほどの力を奪われたのか、セロには理解できなかった。
「そういう訳で、今の私にはまともな力はない」
「そうなのですね」
ツキはほとんど自暴自棄といった様子。
「私はもう、疲れたよ」
ツキはそうつぶやき、目を瞑った。
これからどうするか。手元の地図で一人ぬえを探すしかないのか。
セロにとって最優先事項は、花火の打ち上げだ。
地図は今もこの街を指していて、ぬえがこの街に居るのは確かだ。しかし、それを一人行うのは現実的ではないし、生憎この鋼鉄の様に固まった表情筋は、情報を集めるのに向いていない。
「もう、こうなった以上、諦めるしかないのでしょうか」
もう諦めてしまおうかと思ったそのとき、セロのセンサーに通信が強制的に送り込まれてきた。




