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これまでの旅で、タイヨウが一人になったのは、初めての事だった。
エルがいなくなる時に、最後に残した言葉。
「違う。そんなはずない。だって――」
その後に発せられた独り言。それはタイヨウの中で確かな不信の芽を生やしていた。
人の姿をしたツキのような存在。エルの言葉。
タイヨウにとってツキは母親のような存在だ。この記憶の抜けた頭の中で覚えていることは少ない。
そのほとんどがここ最近のものばかり。遠い過去の記憶は幼少期、それこと夢でエルと出会ったころの年齢の記憶がほとんど。それもおぼろげなものばかりだ。
じゃあ、その間の記憶は? この、絶対に下ろしてはならないと本能が警告を告げるリュックは?
ツキは何かを隠している。タイヨウはその言葉の意味を聞くべく、エルを探していた。
エルは昨晩、窓から出て以降、バーにも戻っていないらしい。
この広大な街の中、一人の女性を探すのは、砂漠で一握の砂を探すのと同義だ。
思い当たる場所はほとんどない。タイヨウはひたすらに街を歩いて探す。
客引きの多い大通り。バーやキャバクラの店内。人ネズミしかいない路地裏。
どこにも彼女はいなかった。街を歩いていると、あのバーに戻ってきていた。
「こんにちは。あら、随分お疲れね」
バーは昨日の喧騒に反し、静かだった。
店員も客もいない。居るのはバーテンだけだ。
「昨日はごめんなさいね。うちのが、勝手に」
「いえ、それで……」
「あの子はまだ戻ってないわ。まぁ、たまにあることよ」
「……どこか、心当たりはありませんか? その、聞きたいことがあって」
「そうねぇ、あそこは?」
「あそこ?」
「ここからだと少し遠いけど市場があるのよ。この街で唯一日差しのかかる場所でね」
「あ、噴水の」
それは、昨日彼女と出会った場所だ。
「そう、あの子何かあるとよくあそこに行くのよ」
「ありがとうございます!」
タイヨウは話も途中で、バーを出た。
市場はその日、雲が出ていて薄暗い。
雲は黒く広がっており、空気も心なしか冷たい気がした。
それでも街の中よりは明るく、タイヨウは昨日より活気の少ない市場を走る。
たどりついた噴水のある広場で、エルはベンチに俯いて座っていた。
「……なんのよう?」
先ほどまで泣いていたのか、目を赤く腫らしたエルがタイヨウを睨む。
「聞きたいことがあります」
そんな彼女に臆することなく、タイヨウはまっすぐ目を見た。
「あのとき、最後に言った。僕が既に死んでいるというのはどういうことですか」




