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異世界見浪記  作者: 天空 浮世
魔惑の街で天を貫け

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54

 白い着物を身にまとった女性。それは白無垢と呼ばれる類の着物で、頭の上から白い布地を被っていた。


 その顔は、まるで黒のクレヨンで塗りつぶされてしまったみたいに、見ようとしても見えない。


 まるで、そこだけ完全に抜け落ちてしまったみたいだ。


 しかし、その声にタイヨウは覚えがあった。


「うん! 分かったよ、ツキ!」


 幼いタイヨウがその女性に駆け寄った。


 タイヨウにとって、ツキはあの、白くつるりとした鱗の蛇である。人のツキという存在は、当然知らない。


「ちゃんとバイバイした?」


「うん。またね! ――――」


 タイヨウは大いに困惑した。見知らぬはずの人物から、見知った声が聞こえる。


 そして、あの翼の生えた少女の名前は……。


 急速に色を失っていく世界。それは夢の世界の崩壊を示していた。


 まどろみの中で、意識が急速に覚醒していく。


 ぼやけた視界のなか、痛む頭をもたげてあたりを見回す。


「ねぇ、二人とも、なにしてるの?」


 タイヨウが起きたのは空気の張り詰めたにらみ合いの真っ只中。


 今にも戦いが始まるその直前だった。


「タイヨウ様! 起きられたのですね」


「だめ! こいつは私の獲物」


 セロはハサミを片手にタイヨウに近づこうとするが、それを彼女の羽に拒まれてしまう。


 彼女の羽はまるで不思議な加護にでも守られているかのようで、いくらセロがハサミで切りつけても、傷ひとつ付かない。


「ねぇ、そのリュック、私に頂戴?」


 彼女は甘く、撫でるような声でタイヨウの背中に手を伸ばす。


「ごめんね、このリュックは下ろせないんだ。エルちゃん」


 あの夢の中で、タイヨウは最後に聞いた名前を口にした。


「……ぇ? どうして」


 彼女の、エルの手が止まる。その声はか細く、手は小刻みに震えていた。


「思いだした。って言うと少し違うのかな? 頭の中に、流れてきたんだ。エルちゃんとの思い出が」


「違う。そんなはずない。だってアンタは――」


 彼女はそこまで言うと、まるで地上に引きずりだされた魚みたいに口を動かすと、小さく呟いてから、窓から飛び出してしまった。


「あ、待ってよ!」


 タイヨウの呼びかけもむなしく、彼女は飛び立った。


「行っちゃった……」


「全く、あの小娘は……」


「ツキ!? 大丈夫?」


 そこで初めてタイヨウは床にツキが倒れているのに気が付いた。


 全身傷だらけでボロボロだったが、すぐにセロが処置に入って、幸い命に別状はなかった。


「タイヨウ、何か思い出したの?」


「何のこと? そうだ、僕ちょっと出かけてくるね、セロさん。ツキをよろしく」


 ホテルのベッドの上、包帯に巻かれたツキの言葉に、タイヨウは首を横に振って、止めるツキの声を無視して、ホテルの部屋を出た。

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