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喉を抜ける柑橘系の香りと酸味、見た目の割にすっきりとした味だ。
「早速だけど、ぬえって知ってますか?」
「ぬえ? 聞いたこともないわねぇ」
彼女はグラスを拭きながら小首をかしげた。そうしていると、ふと思いついたように声を上げた。
「あ、あの子なら知ってるかも」
「あの子?」
「うちで預かってる子がいるんだけど、毎夜この町を色々探検してるみたいだから」
「へぇ、その子はどこに?」
「今日はまだ上にいるんじゃないかしら」
バーから上がった先は、宿屋になっていた。
酒を飲んで潰れた男たちが中にはいるのだろう、各部屋から低く唸るようないびきが聞こえてくる。
そんな宿屋からさらに上った先、屋根裏部屋に彼女はいた。
窓の縁に座って、外を眺めていた。
月光に刺された黒い髪はがその光を吸収して淡く光っていた。
肩を出した真っ白な着物には黒百合の刺繍が施されていて、淡く光ったその刺繍はまるでそこに本当に花が咲いているかのようだった。
首元には黒いチョーカーが巻かれていて、小さなロケットペンダントが付いていた。
艶やかという言葉は、まさに彼女のために存在しているのだと思わせるほどに、彼女は色香を纏っていた。
「お客さん?」
小鳥のような音色なのに、その声は耳から心の臓を直接貫くように鋭かった。
伏し目がちな瞳。どこかなにかに酔っているようなとろんとした目が、タイヨウを見つめた。
「探し物があるらしい。あんたなら知ってるかと思ってね」
「ふぅん」
彼女は窓際から離れると、タイヨウの顔をしたから覗き込んだ。
目鼻の整った顔が、タイヨウをじっと見つめた。
ここのバーテンよりも、街で見かけた客引きの誰よりも、彼女は美しかった。
「残念、はずれ」
彼女はそう呟くと、タイヨウから離れた。
「はずれって、なに?」
「私の王子様探し。いい線だったんだけど、君じゃなったみたい」
「えっと、そっか」
彼女は首のペンダントを握って、憂うように目を伏せた。
なんでだろう。告白もしていないのに振られたというのに、その目が異様に美しく感じた。
「それで、誰を探してるの?」
とろりと目じりの下がった眼で微笑む彼女に、タイヨウは見惚れてしまう。
「タイヨウ様。ご用件を」
「っあ、ごめん。えっと、ぬえっていう、猿に似てる赤い目に茶色い毛の獣人を探してるんだ」
セロに言われなければ、ずっとぼうっと彼女の顔を見ていた気がする。
心なしかセロの視線が痛い。
「ぬえ、ねぇ。ちょっと待ってね」
彼女はそう言ってベッドに横になった。
「あの、何を」
「黙って見てな」
バーテンのお姉さんに言われるがまま、タイヨウは彼女の横になった姿を黙って見ていた。




