03
「マジかよ! やるじゃねぇか!」
「ちょっと待って下さい! それは流石に死んじゃいます!」
「おっと、悪い悪い」
嬉しそうに振り下ろされそうになったその大きなショベルが、タイヨウの頭上で止まった。
黄色い塗装が所々錆びた腕。それでもその性能はまだ一線級。
鈍い駆動音を鳴らして、ゆっくりと爪の先でタイヨウの頭を優しく撫でた。
人に撫でられるのなんていつ以来だろうり。
冷たい金属の手だったが、タイヨウの心にはじんわりと暖かなものが流れてきた。
「にしてもあんたすごいな。これならすぐ終わるぞ」
瓦礫はまだ道に散乱しているが、そこはプロと言うべきだろうか。
ブルドーザーのような車両が、既にその瓦礫を移動させていた。
端に追いやられた瓦礫も、ドリルの車両によって、どんどん細かく崩されていた。
ほんの数分で、瓦礫の山から通れる道へと変わっていた。
「それじゃ、僕たちは行きますね」
「おう! 俺の名前はクラトスだ。困ったら俺たちを頼ってくれよ!」
ディスプレイの中の目が笑顔に切り替わる。
「ありがとうございます!」
各々様々な機械で出来た手を振る彼らに見送られながら、タイヨウは海岸へと向かった。
「ここが海岸?」
辿り着いたのは砂浜の海岸。
一面が肌色の砂が広がっており、白波を受け止めていた。
一軒なんの変哲もない砂浜だが。
子供が放置して帰ったような、砂の山がところどころに点在していた。
「ねぇツキ、これって」
砂の山のひとつに近づく。
その砂は布を上から被った人のような、ぼやけた人の方氏をした砂の山が、地面の砂を懐にかき集めていた。
それは彼とは似ても似つかない。彼はもっと、精巧な人を模した見た目をしていた。
傍らにはタイヨウが持ってきたものと同じ、ガラスで出来た空の瓶が陽の光を反射してきらめいていた。
「一般的な砂男の群れね。意思も害もない。ここらの海岸じゃよくある光景よ」
「じゃあ……なんで彼はこっちに意識を移さないのかな?」
僕は持って来た砂をその場にサラサラと落とす。
蠢いた砂は他の砂の山と同様に、砂の山と変わり、ひたすらに砂を集め始めた。
そこに彼の意思や思考は感じられない。
ただ無機質に、定められたシステムを淡々とこなすプログラムのようだ。
「意識を完璧に移すのは、とても高度な技術なの。自分の意識だろうとね。
それをあんなところで独学なんて。そんなこと本当に出来たら苦労してないのよ。とんだ無駄足ね」
「そっか……教えに、行かなきゃかな……でも」
これが、彼にとって望んだ光景ではないことは、タイヨウにもなんとなく理解できた。
彼にとっての希望を、自らの手で壊すのが怖かった。
「別に、戻らなくても良いのよ? どうせあれはあそこから動けないんだし、もう会うこともないし」
合理的で非情な答え。でもそれは、ツキなりにタイヨウを考えたものだった。
ツキの中であの砂で出来た存在に対する興味は、タイヨウの心を傷つける可能性と天秤にかけたら些細なものだった。
「それに、知らないほうが幸せなこともあるのよ」
「……うん、でもやっぱり教えてあげたいよ。知らないままじゃ可哀想」
「そう、何言われても知らないわよ?」
「大丈夫だよ。そんな人には見えなかったし」
「分かったわ」
砂をかき集め続ける砂男たちを背に歩き出した。
心が決まった。そういったら少し格好つけすぎかもしれないかな。
まだ不安で脈が速い。
それでも、見ないふりして逃げ出すことを、約束を反故にすることを、タイヨウ自身が許せなかった。
知らないことの辛さは、タイヨウが一番知っていたから。
たとえそれが望まぬものでも、けして幸せではなくても。真実を知るのは彼の権利だ。
「そう言えば、あの蜘蛛のロボットってどうしてお祭り開かなくなったのかな?」
「さぁ……あの爺さんも歳だったからね」
「そっか。僕もお祭り。行ってみたかったな」
ここまで歩いてタイヨウは、うっすらとした記憶の中で、蜘蛛の上のお祭りにツキと行った記憶を思い出した。
もうぼやけてしまってその細かな内容は覚えていないが。
空は暗いのに、お祭りは昼間みたいに明るくて、楽しかったことを覚えていた。
「別に他でもやってるわ。今度どこか行きましょ」
「うん。あれ?」
タイヨウは薄ぼんやりと蜘蛛を見ながら歩いていると、蜘蛛の上に誰かがいた気がした。
「今度はどうかした?」
「ううん。なんでもない」
だけど、それはほんの一瞬で、そこには誰もいなかった。
きっと、祭りを乞うあまりに見た幻想。そうタイヨウは結論付けた。
「どうした? 砂は? 無くしたか? 安心しな、砂はいくらでもある」
明るい声。
彼は対岸に自身の意識が行ってないことから、タイヨウが砂を置いて来れなかったと思っているようだ。
タイヨウの暗い顔色から、無くしたことへの責任感を感じてると彼は感じたらしい。
「ううん。砂はちゃんと置いてきたよ」
「……それなら、なんで俺はアッチに行ってないんだよ。嘘ついてんだろ。分かってんだぞ!」
突然の大声。いったいその砂の体のどこからそんな声が出ているのか、体が縮こまってしまう。
「おい! 聞いてんのか!」
砂男が拳を振り上げると、リュックからツキが喉を鳴らして威嚇した。
「あんた、それ以上言うなら」
「ツキ! 僕は大丈夫だから」
タイヨウは体が硬直してたのも忘れツキを止めた。
肩に乗っていたツキは。タイヨウの声で飛び掛かるのを、すんでのところで止まった。
ツキが止まってくれたことに、胸を撫で下ろす。
砂男はツキが手を出すまでもなく、威嚇だけで身体を震わせ怒鳴るのを止めていた。
これ以上は過剰防衛だ。
「でもよぅ……なら、俺はどうしてあっちに行けてないんだよ」
悲痛な声。先ほどまでの怒りが消えたぶん、俯いてしまった彼の表情は悲痛で歪んでいた。
「海岸には、ちゃんと瓶は流れ着いていたんだけど……」
「意識が移る気配は微塵もなかった。あれは意識が移れるようなものではない。そもそも本当に出来るかしら? 実際に試したことは?」
怒りがまだ収まっていないのか、ツキはタイヨウが言い淀んだことを、全てバッサリと言い切ってしまった。
そこに、タイヨウへ向けるような優しさや慈悲はかけらもない。
現実という砥石で研がれた、鋭い言葉のナイフだ。
「それはないが……それでも出来る筈なんだ!」
彼はタイヨウの肩に乗ったツキを睨むが、すぐにうつむいてしまう。
「出来なきゃ、おかしいはずなんだ」
彼は小さく零した。
「じゃなきゃ……俺はこれから何を希望に生きてけば良いんだよ」
それは、まさしく心の底から出た言葉。
どうにかしてあげたい。
その思いは強まるが、方法は思いつかない。
「意識を移すのが無理ならさ、自分の足で歩いて行けば良いんじゃないかな?」
脳細胞を絞りに絞って出たのは、そんな陳腐な言葉だった。
「自分の足で? そんなの……出来たら既にしてる! 無理なんだ。そんなの」
一瞬の狼狽と逡巡。しかし、その声はすぐに落胆に切り替わった。
「試したの?」
「そりゃ、試した……だがそんな昔のこと、もう覚えてない。そもそも俺に足は生えないんだ。そういう生き物なんだよ」
はっきりとしない、喉に小骨の刺さったような物言い。
不可能。
だとしてもタイヨウにはそれ以上の良案は思いつかなかった。
「自然に生えるのを待ってただけでしょう? 自分の力で、足を形作ろうとしなきゃ」
「だが……どうせ無理だろう。お前のように最初から歩いて動ける奴にはこの辛さは分からんだろうな」
はなから試す気のない態度に虚ろな表情。
寄りては離れる波を眺めているその姿は、すでに希望を失っていた。




