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「聖女……ですか?」
セロは手に持ったソーイングセットを強く握る。
「えぇ。まだ気づいてないけど、こっちに来てる」
耳を澄ますと、確かにゴリゴリと、擦れる音が聞こえてきた。
「どうしますか?」
ここまでは一本道だった。分かれ道に戻るなら、相当戻らなければだ。
「戦って勝てる相手じゃないわ。そこの家でやり過ごしましょう」
タイヨウたちは曲がり角の家の庭に隠れた。
「なるべく顔を出さないで」
庭に植えられた生け垣のおかげで、タイヨウたちの姿は隠れていた。
しばらく息をひそめていると、ゴリゴリ……ゴリゴリ……。と壁を削る音が聞こえてきた。
タイヨウは好奇心から生け垣の隙間からそっと覗き込む。
それはまるで浮かんだ生首だった。
目を瞑った女性の顔だ。通路を塞くほどの大きさで、その耳を壁にこすりつけながら徘徊していた。
あれが聖女? 生気のかけらも感じない。なるほど。呪いと言われるのも納得だ。あれはもはや呪物だ。
「もう、大丈夫ね」
聖女が通り抜けてからしばらく経って庭から出た。
気付かぬうちに相当緊張していたのか、思わず息を吐きだした。
「なるほど。あれは勝てませんね」
セロは、緊張したという様子はない。あくまで冷静に分析したというところだろう。
「見つかるのは、死を意味する。そう思っていいわ」
「えぇ。善処します」
タイヨウはそれを冗談だと、思いたかったが、脅しでもなんでもない。
ツキと長く共にいるからこそ、嫌でも分かることだった。
「気を引き締めないとね」
住宅街は視界の限りどこまでも続いていた。それは果てのない旅のようで、自身の未来への不安を掻き立てられているようで。
「そういえばさ、アバロンにはどんな情報も集まるんだよね」
「そうですね」
「ならさ、僕のなくなった記憶も」
「タイヨウ」
それはただの気晴らしの雑談のつもりだった。
「過去の事なんていいじゃない。今を生きているのだから」
それは子供を窘めるようだった。しかし、遮られると余計に気になってしまうものだ。それでもタイヨウは追及するのを辞めた。
「うん。そうだね。別に過去がなんであっても僕は僕だし」
薄い。紙にすれば反対側が透けてしまうほど薄っぺらい言葉で、タイヨウは返した。
「何はともあれ、この町を抜けなければですがね」
住宅街の造りはまるで迷路だ。小名異常な家が並んで、等間隔に配置されているからか、方角も、いまどこを歩いているのかも分からなくなってしまいそうだ。
「聖女はここから意地でも出したくないみたいだね」
「ご安心を。ちゃんと北に進んでいます」
セロの言葉を信じてタイヨウたちはひたすら進んだ。すると変化が出てきた。
家に劣化が見られた。壁に黒いカビが生えていた。白い壁を蝕むカビが、タイヨウには救世主の様に輝いて見えた。
それはまさに聖女の範囲から離れた証拠。ここはもうただの住宅街。あの不気味なサンプルルームのような町ではないのだ。
ギャリギャリ――金属のこすれあうような音と共に地面が震える。安堵したのもつかの間、前方にある十字路から巨大な駆動音が響く。
「なにか、前方から来ます! いえ後方からも――」
ゴリゴリ――ゴリゴリ――
聖女だ。タイヨウたちを逃さんと、町から出るのは許さないと背後から現れた。
その閉じられた目はこちらを見ていない。だがしかし、確実にタイヨウたちを狙いに定めていた。




