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「あれが虫ですか?」
「そうだ」
虫……虫? それはタイヨウの知っている虫とは全く違うものだ。
地面に付いた足の後は、タイヨウの身長と同じくらい大きい。
「こんなのがいたなんて、びっくりだよ」
「あんなの序の口だ。奥にはもっと厄介なのがいるからな、気引き締めろよ」
まだまだ序の口。タイヨウはもう正直、帰りたい気持ちがにじみ出ていた。
それでも、もう戻れない。タイヨウは再び、本当の意味での覚悟を決めた。
森に響く虫の声はまだ遠い。だが聞こえる以上、いるのは確実だった。
「ここだ。あの木だ」
それはまるで複数の樹木がねじれて入り混じったような木。
あるところは針葉樹と広葉樹が乱雑に入れ替わり、葉の形も色もバラバラだ。
唯一同じなのは、果実だけ。黒い球体の果実がいくつも実っていた。
運が良いのか、ウッドの案内が完璧なのか、行きで出会った虫は、あの一匹だけだった。
タイヨウはなるべく背の低いところに生えた果実を採る。
「ねぇ、いくつくらいあればいい?」
「そうね、十個もあれば十分じゃない?」
ウッドに聞こえないところでツキに話しかけた。十個か。それならもう十分だろう。
黒い果実は、手のひらサイズの大きさで、タイヨウはそれを十個、小さな袋に入れて鞄に詰め込んだ。
後は帰るだけ。帰るまでが遠足とは言うが、正直その緊張は半分まで下がっていた。
行きと同じで帰りも案外楽に帰れるだろう。そう思っていた。
「さて、それじゃあ帰るぞ――」
そんな淡い期待は、地面を響く振動に打ち砕かれた。
それはあの時とは違う小刻みな振動。
それは、巨大なムカデという実体で、タイヨウたちの前に現れた。
その視線はタイヨウを捉えていた。
蛇ににらまれたカエル。タイヨウはその場から一歩も動けなかった。
「タイヨウ!」
「クソ虫野郎!」
ツキとウッドの声が遠くに感じる。視界がスローだ。ムカデが首を一度後ろに下げた。
バネの要領でこちらへ飛び出すことまで予測できたが、体が動かない。
あぁ、もうだめだ。完全に諦めた瞬間。太ももに電流のようなものが走った。
まるでそれは心臓を再起動させる電気ショックの様にタイヨウの体を巡った。
ムカデの牙が刺さる直前で、タイヨウはその牙を避けるようにくずおれた。
「良く避けた!」
ウッドはリュックから一束の花束を取り出し、ムカデの顔めがけて投げた。
「今だ!」
ウッドはタイヨウの手を取り、走り出した。
「ありがとうございます! あれ、なにしたんですか?」
背後では、ムカデがあちこちを壊して暴れまわっていた。
「花粉を吸うと幻覚を見せる花だ。この森で採れるんだが、持って来といて正解だったな。だが、効果時間はそう長くない。すぐ襲ってくるぞ!」
タイヨウたちはひたすら森の外を目指して走る。
ムカデの暴れる音が止まった。幻覚が解けたんだ。ひたすらこちらへ近づく細かな振動音。
「もう、すぐそこに!」
「チっやっぱ深部の虫は厄介だな!」
ウッドはポケットから緑色の液体が入った小瓶を三つ取り出し、ムカデ目掛けて投げた。




