掃き溜めの星
一話完結でここに書いていこうと思います。
先に断っておきます。これはただの愚痴なんです。愚痴と言うには胃に来る重さかもしれません。けれど恨み節とも違う気がします。ただそこに事実としてあるだけ。もうお腹はいっぱいなので、吐き出すことにしました。
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「やっとみつけた!わたしの片割れよ!さぁ、一緒に世界を救いに行こう!!」
高層マンションの屋上から見上げた夜空に輝く円盤。最初は一際輝く星つぶかと思ったのに、それはどんどん大きくなって、近づいて来た?と思ったときには頭上で巨大な円盤が煌々と光り輝いていた。まさか人生でUFOをこんなに間近で見れることがあるとは。
束の間呆けた顔をしていたら、その円盤の中心部からこれまた銀に輝く梯子が私のいるマンションの屋上まで降ろされて、そこから人が降りてきた。
よかった、ちゃんと人だわ。物凄くグロテスクなタイプとかじゃなくて本当によかった。今日に限っては。
そして冒頭のセリフを私に言ったのだった―――――
しがない人生を送ってきました。
しがないって、あんまり人生で聞いたことも言ったこともなかった気がする。それくらいぼんやりと生きていた。
三兄妹の真ん中で、長男として愛される兄と、年が離れて過保護に愛される妹。あいだの私。
それだけの私。じゃあなんですぐに2人目を産んだのだろうこの親は。
子供の頃から、私だけ話を聞いてもらえなかった。2人の話はあんなに楽しそうに聞くし、大げさに頷いてみせるのに。
私の話は、
その話長くなるの?今忙しいんだけど。勘弁して。
聞いてもらえなかった。構ってもらえなかった。
小学校では少し嘘をつく子になった。今ならわかる、気に留めてほしかった。私にも何か他とは違うものがほしかった。かまってほしかった。
面倒がられ、嫌われていく。
これ以上は嫌われないように、顔色をうかがう毎日。兄妹は当たり前に享受している事を、お伺いを立てなければならない私。いつもそう。
中学で不登校になった。朝起きて学校の事を考えると吐き気と頭痛に涙が出る。
そんな私を玄関先まで引き摺っていく母親。何も言わない父親。
学校に行ったところで保健室だ。そこで毎週火曜日に近くの〇〇病院で受けられるカウンセリングを勧められた。
母親には一人で行けと言われた。
カウンセリングの先生には親御さんが来てくれないと、と毎回困った顔をされる。行かないと母親に怒られるし来ても先生に困惑されて、自分の表情筋が日に日に死んでいくのがわかった。
この辺りでもう自分の気持ちとか、伝えたい言葉とか、全部枯渇したように思う。諦めたのかもしれない。
出席日数が足りないけれど、義務教育なんてものは無理矢理卒業できるので、中学卒業後はアルバイトをし続けるフリーターになった。
私だけ高校も大学も行かずに費用がかからなくなったので、この頃から私に対して母親が明るくなる。
『勤労少女』という称号まで母親から与えられた。
稼いだお金で欲しいものは自分で買うし、何処へでも行ける。生理用品のような消耗品も自分で買わなければいけなかったのは今思えばちょっと悲しかったかもしれない。当たり前の日常に鈍感になる事だけが必要なことだったから。
さらなる安定を求められて早いうちからお見合いをした。
母親は公務員にこだわっているようだった。
まだびっくりすることがあるんだな、という気持ちになるほど遥か年上の相手と話をまとめられそうになって、ついに家を出ることに決めた。
案外あっさり出られてしまった。引き留められる事もなく、何もない新しい日常が始まってしまった。
環境が変わってすぐに少し体調を崩した。
職場の二つ歳上の女性にとても優しくされて、「なんでも話してね」と言われて、ぽつりと自分の話をした。
そうしたら、
「それは辛かったね、わたしもねーーー」と、十倍くらい話がかえってきて、
なぁんだ、自分の話を聞いて欲しかっただけなんだこの人は。と呆れた後から
わたしの辛かったことは、この人の話のとっかかりになるためにあったんじゃない
わたしの辛かったことは、あなたの話なんかよりもっと辛かった
わたしの辛かったことは、わたしの辛かったことは。
この頃あたりから、胃に激痛が走ったり、何もしなくても涙が出たり、初めて過呼吸で倒れたりした。
内科に行ったら漢方を処方された。しばらく通ったら内科の先生から紹介されて精神科というものに行った。
なぜ精神科?と思いながらも入った診察室でもとくに何もないのだと伝えたけれど、
「あなたは話を聞いてほしいように見えるけどね」
と言われたらもうだめだった。
言葉が口から堰を切ったように出ることはなかったけれど、頭の中では
お前に話して何か変わるのか
お前に話してわたしのなにがわかるのか
お前にはなしたらわたしは救われるとでもいうのか
お前に、お前に。
怒りで腸が煮えくり返るとはこういう事をいうのか。と、どこか他人な自分もいて不思議だった。
結局、内科も精神科もどちらも通うのはやめた。
さて、すっかり自分の話をできない私が出来上がってしまった。何者かになりたくてあがいた事もあったけれど。
第六感とかタロットとか占星術とか。自分と向き合うとか一つになるとかいろいろ読んでみた。
もう完全な明るい人になりたくて自己啓発の動画を見たら、
「上がって下がってが当たり前なんです」と力説されていて、そんなことは皆わかっているのでは?となり、
「波動が上がる前は眠くなっ、たり無気力になったりするのが普通だ」と言われれば、じゃあずっと眠たくて無気力な私には宝くじの1等でも当たっていないとおかしいが?となった。
占星術は無料講座だったので体験してみたけど、体験講座の最後の『本講座に入会しませんか動画』で「30代40代の方が一番多くてー」と言われて、そろそろ30に差し掛かる私は典型的ないいカモだったんだなと気づく。
何者かになるのを諦めきれない30代40代が今日も毟られているのだな。
タロットは他人は占えるけど、自分は内観しなさいしか出てこない。
私はもう考えたくないから明るい人になりたいし、考えたくないから明確な答えがほしいのに。
石は買ったらもう終わりだと思った。
全部やめた。歯を食いしばり過ぎて奥歯が一本根元から折れたので仕事も最近やめた。
なんにもなくなった。
SNSも政治の話が万が一流れてきたら先の心配しか出てこないから見るのをやめた。自分の愚痴も出せないのに他人の愚痴を聞き入れるキャパが私にはもうない。
仕事からの帰り道で、こんな寂れた田舎の風景には場違いな高層マンションだなといつも思っていた。きっと通勤に1時間かけられる層のためにベッドタウンになっていくんだろう。
宅配のお兄さんが目にとまってふらりと引き寄せられるように一緒にエントランスを抜ける。
たまたま同じタイミングで帰ってきた人を装ってエレベーターに乗り最上階を押す。
お荷物重そうですね、いやまだエレベーターがあるんで助かりますよここは、なんて一言二言交わして、宅配のお兄さんは三階で降りていった。
最上階で屋上への階段をみつけた。「鍵が壊れています。閉じ込め注意!」の張り紙を見て、
今日のこのタイミングで正解だったのだとひとりスピる。
残暑と言えどやっと夜は涼しくなった。ドアノブを回すとひんやりしていた。
広い屋上には想像していたようなフェンスがなかった。みぞおちくらいまでの高さの塀があるだけだった。
このマンションが一番背が高いので、遮るものは何もなく景色を見渡す。沢山あるのは広い田んぼ。その周りにポツリポツリと家の明かりがあった。田舎だけれどアパートに住んでいたから近所付き合いもさほど無く、駅も割と近かったし、朝どれの地野菜も美味しいし、水道水でも美味しいし、最近は自炊する気力もなくなってしまったけれど、移住するには住みやすい土地だったな。
感傷に浸る時間を少しだけ設けて、さぁそろそろと言った時だった。
冒頭のUFOである。
降りてきたのは背の高い美貌の青年だった。銀髪。整った目鼻立ち。紫の澄んだ瞳にくたびれた私が映っている。喜びを噛み締めるような、少し興奮したような様子で私に手を差し伸べてきた。
「やっとだ…やっと会えた…!さあ、私と一緒に行こう!!」
今にも涙の一粒でもこぼれるんじゃないかというくらいキラキラした目をこちらに熱く向けてくる。
…この温度差に気づかない貴方に私の何が言えようか。
「もっと早く来てくれればよかったのに。」
そう言ってその手をすり抜けた。
彼は「へ?」とか「え?」とか小声でそんな気の抜けた音を出した気がする。そして。
ああ、驚愕したその顔の方がまだ好ましいかもしれない。
当分忘れないでいてくれたらいいな。
重力に身を委ね、静かに目を閉じた。
ありがとうございました。