第9話
「? あんた今、笑わなかった?」
口を抑えていたから、殆ど外には漏れてなかったはずなんだけど……よく聞き取れたな。
耳がいいのかね。
……それはそれで今のアリアナの状況を考えると大変だな。陰口とか、正確に聞き取れちゃうだろ。
どうでもいいけど。
「ちょっと! 聞いてるの!?」
ん? なんか、怒ってる……というか、悲しそうというか……あれだ。悪魔たちの心を折った時に近い感情を感じる。絶望ってやつだな。
確かにさっきまで嫉妬の感情は瞳に宿していたけれど、絶望なんてものは無かったよな。
……まさかとは思うが、自分の召喚した悪魔にまで自分のことをバカにされたとでも思って絶望でもしたのか?
……いや、でも、割と俺、最初からアリアナに対して舐めた態度なはずだけど……まぁいいか。取り敢えず返事をしよう。
「聞いていますよ」
「な、なら、なんで笑ったのかを答えなさい! 命令よ!」
ここで嘘をついてもいいけど……アリアナは俺が笑ったことに確信がある様子だし、今ここで命令を無視できることをネタばらしするのは何も面白くなければ、早すぎるよな。
今のところそんな予定ないけど、仮にネタばらしをするのであれば、もっと面白いタイミングがいい。
それに──
「……ぇ?」
「アリアナ様の……私の主を狙う面白──つまらない者がいたので、つい笑ってしまったのですよ」
アリアナの目前にまで迫ってきていた毒が塗られているナイフを掴みながら、俺はそう言った。
こりゃ即効性の毒だな。随分と殺意が高い。……ただ、つまらないな。
恐らくだが、相手は暗殺者だ。もちろん狙っている相手はアリアナ。
最初は面白いと思ったんだが……これ、よく考えたら悪魔の世界と変わらんだろ。
ただ殺すために攻撃を仕掛けてくる。なんのやり取りもない。一応裏では色々とあったのかもだが、そんなの知りようがないし。
……いや、それよりも何より俺がつまらないと感じた理由は、あいつら、俺の実力を高く見たか単純に悪魔を警戒したか、そもそも事前に攻撃を防がれたらどうするかを決めていたか指示を出されていたのか、撤退していきやがった。
……つまらない。本当につまらない。悪魔の世界よりはマシだが、つまらないものはつまらない。
アリアナは色々と本当に反応が面白いやつだし、暗殺者と戦闘でもさせてみれば面白い反応が見られると期待してたっていうのに。
もちろん俺はまだまだアリアナで……アリアナと一緒に遊びたいし、一応は従えている召喚主だし、最終的には助けるつもりで、死なせるつもりは一切なかったけど……戦闘をさせられているアリアナからしたらそんなこと分かりようも無い話だから、面白くなったと思うんだけどな。
一応、普通にアリアナの実力を把握しておきたかったってのもある。
肉体戦が弱いのはもう見たら分かるけど、魔法の方はいくら俺でも見ただけでは分からない。
魔力の質が良いのは分かってることだが、それを上手く使えるかは本人のセンスだし。
悪魔を召喚する才能に吸われてる可能性も全然あるしな。
はぁ。まぁいい。逃げてったヤツらの足取りは分かってるし、夜にでも襲撃を仕掛けてやって、どこからの依頼でアリアナを狙ってきたのかを証拠付きでアリアナ本人にでも渡せば多少は面白くなるかな。
そうしてみるか。
俺の玩具……召喚主に手を出した時点で、この世界でのうのうと生きられるわけが無いってことをどうせ教えてやらなくちゃだからな。
「アリアナ様、怪我はありませんか?」
「え? えぇ、大丈夫よ。……私、今、命を狙われたの?」
「言葉を濁さないのであれば、そうなりますね」
「……そう。……変な勘違いして悪かったわ。助けてくれてありがとう、ラスト」
「いえいえ、気にしないでください。自分の玩具に……失礼。主に手を出されて怒らぬものはいないでしょう」
「……ねぇ、今、玩具って言わなかった?」
「アリアナ様の気のせいでございましょう」
「嘘よ! 絶対言ったでしょ! 発情変態悪魔の癖に! 感謝して損しちゃったわ! 早く行くわよ!」
口調では怒っている風だが、どこか楽しそうに見えるのは気のせいか?
まぁいいけど……よく命を狙われかけたばかりだっていうのに、そんなテンションでいられる。
馬鹿なのか、アホなのか、頭の中お花畑なのか……どれなんだろうな。
というか、俺への悪口がなんか合体してるんだが──
「早く行くわよって言ってるでしょ!」
「……はいはい」
ナイフをその辺に捨てながら、俺はアリアナの後を素直についていった。
命を狙われたことの報告とか、しないのかね。
俺としてはどっちでもいいけどさ。




