干支の国
「干支の国」――それが、この春リリースされた最新VRMMORPGのタイトルだ。干支にちなんだ12の種族からキャラクターを選び、広大な世界を冒険するこのゲームは、発売前から注目され、瞬く間に大ヒットとなった。その最大の特徴は、各種族が持つ個性や能力がゲーム全体に深く影響する点だ。
「……さて、どんなものか」
城野白兎は、ヘッドセットを装着しながら呟いた。彼の表情は静かで、興奮や期待といった感情はほとんど読み取れない。ただ、内心では少しだけ胸が高鳴っていた。
「こんな派手な宣伝に引っかかるのもどうかと思うが……暇つぶしにはちょうどいいだろう」
白兎は日常生活ではあまり目立たない存在だった。大学でも特別親しい友人はおらず、講義とアルバイトを淡々とこなす日々。そんな中、偶然目にしたこのゲームの広告に何か引っかかるものを感じた。
「ログイン、と――」
ヘッドセットを起動し、ログインすると、一瞬で視界が白い光に包まれる。そして次の瞬間、目の前には広大な空間が広がっていた。
「……なるほど」
そこは現実とは明らかに異なる世界だった。純白の空、金色の大地、そして円環状に浮かぶ12の干支の象徴たち。巨大な鼠、威厳ある虎、跳ねる兎……それぞれが静かに彼を見下ろしている。
「これが“干支の国”か。確かに広告で見た通りの迫力だな」
目の前に透明なUIが現れ、キャラクター作成の画面が表示された。
「プレイヤー名を入力してください」
白兎は迷うことなく、自分の名前をそのまま入力した。
「城野白兎……まあ、これでいいか」
次に種族選択の画面が現れる。鼠、牛、虎、兎……12の干支それぞれに異なる能力が記されている。
「……兎族。俊敏性特化のスカウトタイプか」
説明文を読むと、隠密行動や探索に優れる軽量級の種族であることがわかる。その特性は白兎の好みに合っていた。
「悪くない。これにするか」
種族を選択すると、次は外見設定の画面が表示された。
「……別に凝る必要もないか」
髪は短く白、耳は兎らしくピンと立てたまま。余計な装飾もせず、必要最低限のデザインに留めた。
「これでいいだろう。決定、と」
瞬間、視界が再び白く輝き、ログインが完了する。
ログイン後、白兎が目にしたのは、現実を超えた圧倒的な景色だった。
緑の草原が広がり、遠くには山々と湖が見える。空には小さな島が浮かび、無数の鳥が飛び交っていた。ゲームの世界というより、まるで夢の中にいるかのようだった。
「……現実よりも、よほど現実らしいな」
白兎は静かに呟きながら、周囲を見渡した。手には初期装備の短剣が握られている。
「まずは動作確認か」
彼は軽くジャンプしてみたり、短剣を振ったりして操作感を確認した。その動きはぎこちないながらも、すぐに慣れていった。
「悪くない。これなら十分に動けそうだ」
次に白兎は地図を確認し、近くにある初心者向けのダンジョン、「初芽の洞窟」を目指すことにした。
洞窟の入口にたどり着くと、周囲には他のプレイヤーの姿がちらほら見えた。しかし、白兎は誰とも接触せず、一人で洞窟に足を踏み入れる。
「……静かだな」
薄暗い洞窟内は湿気があり、時折水滴が地面に落ちる音が響いている。進むにつれ、小さなモンスターが姿を現した。
「ゴブリンか……雑魚だな」
白兎はスカウトスキルを使い、素早く周囲を確認した。視界に赤い輪郭が浮かび上がり、敵の位置が把握できる。
「背後からいけるか」
彼は短剣を握り直し、一気に跳躍してゴブリンの背後を取る。スキル「兎影一閃」を発動し、正確に急所を突いた。一撃で倒したゴブリンが消滅し、経験値が表示される。
「……悪くない」
その後も洞窟内を進みながら、次々とモンスターを倒していく。白兎の動きは次第に滑らかになり、戦闘の感覚を掴んでいった。
洞窟を攻略し終えた白兎は、洞窟の出口から広がる草原を再び見渡した。
「……たまには悪くないかもしれないな、こういう世界も」
彼は短剣をしまい、風に吹かれる草原を一人歩き出した。その背中には、これから始まる長い物語への期待が少しだけ漂っていた。
プレイヤー名 : 白兎
•種族:兎族(スカウト特化型)
•種族特性:「俊敏の跳躍」
兎族固有のスキル。ジャンプ力と移動速度が上昇し、短時間の高速移動が可能。
•レベル:1
ステータス
•HP:100
•MP:50
•攻撃力:15
•防御力:10
•敏捷性:30
•知力:10
初期スキル
•兎影一閃
背後からの攻撃時、ダメージが2倍になる。特に敵の急所を狙うことでクリティカル発生率が上昇。
•スカウト・サーチ
周囲のモンスターの位置を察知する探索スキル。ステルス中に使用すると効果範囲が拡大。
•ステルスモード
一定時間、敵から発見されにくくなる。移動速度がやや低下する代わりに敵の攻撃範囲を回避しやすくなる。
•装備
•武器:ブロンズナイフ
•防具:ブロンズシリーズ (兎族仕様)
次回、第2部では、白兎が初めて他のプレイヤーと出会い、物語が動き出します――