那須家の後継者 その11
ハルヒは息を吐きだして
「今は時間が惜しい」
詳しいことは俺の家の戻って安全圏に入ってから聞いた方が良い
「俺は、彼女が彼女の愛する人との子供も守りたいと思う気持ちに嘘はないし」
俺も守りたいと思う
と告げた。
「今は俺を信じて匿ってくれ」
呆然とする彼女を見て、那須幸二は意を決すると
「話を詳しく聞くからな」
と言うと二人を連れて宿を出るとハルヒと颯希の家へと急いだ。
ハルヒは黒崎暁の手を握り
「君が愛する人との子供を愛している」
俺はそれを信じる
「俺の母と同じ顔をしていたからな」
と告げた。
「だから、愛する人との子供のために頑張れ」
黒崎暁は顔を伏せるとボロボロと涙を流して小さく頷いた。
「私、黒崎の家に生まれたくなかった…ただの家に生まれたかった」
そうしたら皐月君と一緒になってこの子と三人で暮らせたのに
那須幸二はそれを耳に黙ってハンドルを切った。
颯希は自分についてくる人間に警戒しながら三河安城の歴史資料館などを巡った。
その間にノンビリ喫茶店に入ったりして、実際に監視が外れるまでに二日ほどかかったのである。
ハルヒと那須幸二と黒崎暁は颯希とハルヒの家へと入った。
もちろん、底辺の暮らしをしていた二人に監視はつかずハルヒは二人を入れると話をするよりも先に盗聴と監視カメラがないかを確認した。
そして、問題がないと判断すると窓のない中央の部屋に二人を招き入れて
「ここは密会部屋みたいなものだ」
安心してほしい
「外からは物置部屋みたいに見えるがダクトはつけているから息はできる」
と告げた。
「シンプルな部屋が一番管理が利く」
那須幸二は内心
「島津家の次男だったこの人…どんな生活をしていたんだ?」
と思わず心で突っ込んだ。
が、最優先は黒崎暁である。
那須幸二は彼女を見ると拳を握りしめて沸き立つ気持ちを抑え
「…あの日、皐月と君と何があったか教えてほしい」
と告げた。
皐月春義が遺体で見つかったのは2か月ほど前だった。
漸く桜が蕾をつけた季節。
その桜の木の下で胸を刺されて死んでいた。
自分の携帯に最後に送られたメッセージが
『暁』
という彼女の名前だった。
彼女のことは知っていた。
二人が惹かれあっていたことも知っていた。
だから応援していたのに…彼女に呼び出されて皐月春義は遺体で見つかりその日から彼女は消息を絶ったので那須幸二の中で彼女への疑惑が高まっていたのである。
黒崎暁は小さく頷き
「あの日、私は皐月君にこの子のことを言ったの」
確かにAIシステムの下では彼と私は結婚できない
「システムが決めた人以外とは結婚できないから」
と告げた。
それは那須幸二もわかっていた。
それがAIシステムの決まりなのだ。
ハルヒは黙って二人を見ていた。
彼女は息を吐きだし
「でも、彼と結婚したかったし…この子と三人で暮らしたかったから」
彼に父から教わったことを話したの
と告げた。
「黒崎家は特別なんだって」
AIシステムを自由にできるから
「結婚してずっとずっと一緒に暮らせるんだって」
でも皐月君は悩んでた
「自分たちだけがそういう特別で…他の同じような人が苦しんでいるとしたら」
それこそ彼らにもそのようにしてあげるべきじゃないのかって
那須幸二は目を細めた。
黒崎暁は俯いて
「だけど…もう一人…黒崎家のことを知り」
AIシステムの一部に機能を除いて自由にできる権限を持つ人間がいたの
「黛…和斗…彼もAIシステムを作ったJDWの人間の末裔だったの」
彼は私を付けていて
と顔を伏せた。
「それで気付いたらあの村で彼の命令する通りに」
そうしないとこの子が…殺されるかもしれないと思って
那須幸二は息を吸い込み吐き出すと立ち上がった。
「嘘か…本当か…今の俺には決められない」
だが君の中に芽生えた命は守る
「皐月の子供かも知れないからな」
それから、と言うと那須幸二はハルヒを見た。
「俺はAIシステムを絶対に破壊する」
人を人として扱わず
「まして平等ですらなかった」
ハルヒは冷静に
「ただその破壊は…急がなければならなくなった」
と告げた。
それに那須幸二と黒崎暁はハルヒを見た。
ハルヒは黒崎暁を見て
「君が黛和斗に命令されてしたことを教えてもらいたい」
包み隠さず
と告げた。
彼女は視線を伏せて
「社会機構にロボットを介入させること」
と告げた。
「人に成り代わることを許可させるという」
ハルヒは顔をしかめて
「やはり」
と呟いた。
那須幸二は蒼褪めると
「まさか」
西日本の人間をロボットに置き換えることが可能になる
と呟いた。
ハルヒは頷いて
「ああ、今のAIシステムは人が死のうと消えようと関係がないように設計されている」
ただロボットの役割だけは制限していたんだと思う
「だからこそ職場や様々な場所にロボットはいなかった」
ロボットの役割はギフテッドの紋章の補佐とAIシステムに不利益な存在やモノの監視だけだった
「だがそれが無くなれば究極のところロボットが人を殺して成り代わり社会を回していくことが可能になる」
と告げた。
「運用する人間がよほど己を律しない限り人の世界が終わる」
黒崎暁は驚いてその場に倒れ込んだ。
那須幸二は彼女を抱き上げて
「その己の欲の抑制ほど難しいものはない」
と告げた。
ハルヒは頷いた。
「黛和斗にそれがあるとは…見えないしな」
だからこそそのプロトタイプとしてあの村を作り運用しているのだ。
己の言うがままのロボットだ。
王として権力者として君臨しても安泰である。
しかも何もかもを望み通りにしてくれるのだ。
だが、それはこの西日本に住む人間を消滅させることになる。
那須幸二は俯き
「だが、AIシステムの本体の場所すらこれから探ることになるのに」
と呟いた。
が、それにハルヒは
「AIシステムの本体の場所は分かっている」
だが三人だけでは辿り着く前にロボットに殺される
と告げた。
「九州に助力を頼めるが無駄に死にに来させることは俺はさせたくない」
大切な命だ
那須幸二は黒崎暁を見て
「彼女は黒崎家の人間だ」
彼女をAIシステムの本体の場所へ連れて行き
「システムをダウンさせてもらうしかない」
と告げた。
ハルヒは頷いた。
「そこへ行くまでにロボットを抑える方法とそれを行える人材を手に入れることだな」
救いはロボットはどこまで行っても機械ものということだ
「常にAIシステムとやり取りをして命令を貰って動いている」
それを断線する方法と技術を持つものが必要だということだ
那須幸二は笑むと
「必ず見つけて味方につけます」
西日本が終わる前に
と言い
「とりあえずそれまで…彼女をお願いします」
と告げた。
ハルヒは頷き
「わかった」
と答えた。
黒崎暁はハルヒの部屋で生活することになり、その二日後にヘトヘトになった颯希が戻ってきたのである。
「もー、しつこかった」
彼女はそう言って家に入り台所で料理を作っている黒崎暁を見ると
「えー、大丈夫?」
と聞いた。
彼女は何かを決意したように凛とした表情で
「はい、これからお願いします」
と頭を下げた。
ハルヒは料理を食べながら
「颯希は明日から学校頑張って」
名古屋高校で勉強な
と告げた。
彼女はぐったりとして
「明日は許して」
明後日から頑張る
と答えたのである。
その翌々日から颯希は学校へ行き始めたのである。
そこで思わぬ出会いがあるとはこの時、ハルヒも那須幸二も全く思いもしていなかったのである。




