那須家の後継者 その2
妻越ハルヒが一色颯希の前に現れてから一ヵ月半ほど経った。
季節は5月下旬でそろそろ梅雨の季節に入ろうかというまだ初夏陽気の時期であった。
颯希はヨーグルトと紅茶を用意しレベルが上がって漸く購入することが出来たトースターで焼いたパンをお膳の上に置いた。
勿論、彼女自身の分と飼い猫…ではなく妻越ハルヒの分である。
彼女はパンを食べながら正面で同じようにバンを食べているハルヒを見ると
「日本っていつからこんな風になったんだろう」
ずっとだったのかな
とぼんやりと呟いた。
彼が気に留めて答えるとは実は思っていない。
本当のボヤキである。
が、ハルヒは颯希を見ると
「たかだか100年程度だよ」
と答えた。
颯希は驚いてハルヒを見つめ
「へ?」
と声を零した。
ハルヒは彼女を見つめ返して笑みを浮かべると
「先の田端修三の件で感じたんだろ?」
と言い、視線を僅かに伏せて
「100年程度だ」
称号システムも
「三歳児からの適性検査と養育システムも…AI政治システムがあの時に始まったんだ」
と告げた。
「誰も彼も全員が平等であるための社会構造構築のためのシステム」
欲も感情も何も入らない能力だけの称号とレベル
「AIにとって…」
そう言いかけてハルヒは言葉を止めるとにっこり笑って
「フラットはフラットだと思うけどね」
親ガチャや子ガチャで揉めることもないからね
颯希は小さく頷いて
「確かに…でも…」
と言いつつ、上目遣いにハルヒを見た。
彼が言いかけた『AIにとって』の言葉の後ろが知りたかった。
そこに答えがある気がしたのだ。
だが、彼は言わなかった。
きっと敢えて言わなかったのだろうことだけは分かった。
ハルヒは息を吐き出すと食べ終わった食器を片付けて
「じゃあ、仕事探しに行ってくる」
とパタパタと後ろ向きで手を振って家を出ていきかけた。
そして、きっとフラリと帰ってくるのだ。
颯希はムーと思いつつも
「言いかけたら最後まで言っていけ!」
と言いかけた瞬間にハルヒが扉の向こうの何かにぶつかりトンっと尻もちをついた。
こんな二人しかいないボロッタアパートに誰かがくるなど考えてもいなかったのだ。
ハルヒにしても。
颯希にしても。
扉の向こうに立っている青年を目に驚きの表情と視線を向けた。
青年はきっちりとスーツを着こなした所謂上級サラリーマン風情の人物で颯希は思わず
「ここになんて似合ってない人だ!」
と心で叫んだ。
ハルヒは息を飲み込み
「…那須…」
と呟いた。
青年はそんなハルヒを見て笑むと
「やはり…初めまして」
しま…
と言いかけて、慌てて飛びついたハルヒに体制を崩された。
ハルヒは彼の上に猫のように乗ると顔を近付けて笑みを浮かべ唇に指をあてて
「初めまして、俺は妻越ハルヒです」
那須…何さん?
と告げた。
青年は驚いてハルヒを凝視して
「…あー」
始めまして那須幸二です
と凍り付きながら告げた。
それに立ち上がって駆け付けた颯希が
「え?何ですかー?なんていったんですかー?」
と聞いた。
恐らくいま彼はハルヒの本名を言いかけたのだ。
彼の本名を…正体を知っているのだ。
颯希はじっと那須幸二を見つめた。
ハルヒは慌てて彼の上から降りて
「…この人、那須幸二さん」
とにっこり笑みを作って告げた。
那須幸二は立ち上がりながら
「あ、ええ」
始めまして探偵の称号を持つ一色颯希さんですね
とにっこり笑みを浮かべた。




