第10話 もしもだけど、私が付き合ってと言ったら、どうする?
午前の体育の時間。
寿崎和弦は体育館にいる。
周りには数人ほどいて、体育館内では左半分がバトミントン。右側では、筋トレやストレッチを中心に勤しんでいた。
和弦と紬はストレッチを中心に、運動というか、準備体操に近い、体操のような事をやっていた。
「和弦ー、もっといけない?」
「む、無理かも」
「その程度で終わっちゃうの? それじゃあ、連続で出来ないよ」
「だとしても無理なモノは無理だって」
息を切らし、和弦の体は悲鳴を上げていた。
「私だったら、もう少し出来るんだけどね」
そう言いながら、幼馴染は和弦の背中を押し続けていた。
現在、和弦は体育館の床に座ったまま膝を伸ばし、足元に手を伸ばすストレッチを行っている。
苦しみに耐えながらも、表情を歪ませていたのだ。
その痛みは背中よりも、ふと元らへんに全集中していたのである。
「和弦って、全然、体が硬いじゃん」
和弦は彼女から再度、背中を押される。
ある程度慣れてくれば、痛みは感じなくなってきたが、最初の方が一番辛かったと思う。
「しょうがないだろ。全然運動をしていなかったんだからさ」
「だったら、毎日、運動する?」
「どこで?」
「家の近くに公園があるから。そこなら、いつでも走り込みの練習を出来たりするでしょ?」
小学生の頃、二人で一緒に遊んでいた公園があるのだ。
今は殆ど行っていない為、どんな状況になっているかはわからなかった。
「仮に、やるとしたら朝やるのか?」
「そうだよ」
「それは無理かな」
「どうして?」
「そんなに朝早くに起きれないからさ」
「だからこそ、ちゃんとやらないと。私ね、思うの。和弦はもう少し運動をした方がいいってね」
「えー、いいって」
「健康に悪いしね。運動しないのは」
「そうだけど……」
困った事になった。
普段から運動しておけばよかったと思う。
昔なら、日常的に外に出て遊ぶ事も多かった。
高校生になってからは、運動するのは体育の時間だけである。
「まあ、すぐじゃなくてもいいし。和弦が運動したくなったらでいいよ。その時に、声をかけてくれれば私も手伝うしね」
背後にいる優木紬から愛想よく言われていた。
「そろそろ交代する?」
「そうだね。私もやりたいし」
和弦はその場に立ち上がる。
が、ストレッチのし過ぎで足が痛かった。
立ち上がり、歩こうとするだけで若干足元がふらついていた。
「大丈夫?」
紬から心配されていた。
「ちょっと、やりすぎたかもな」
和弦は転びそうになったところで強引にも態勢を整える。
転ばずにすみ、安堵した。
その頃には紬は体育館の床に座っていたのだ。
和弦は背中を向けて座っている幼馴染の後ろに立つ。
彼女の後ろ髪が視界に入る。
ストレッチをするために、和弦が彼女へと手を向かわせるが、嫌なオーラを感じてしまうのだ。
それは周りにいる、幼馴染に好意を抱いている男子らの視線である。
や、やりづらいんだけど……。
冷や汗をかいていた。
「どうしたの? 早くやってよ」
「あ、ああ、わかってるさ」
和弦は緊張した面持ちで、背後から紬の体へと手を向かわせたのだ。
ヤバいって、これ……。
和弦は揉んでいた。
柔らかいところを――
その度に、紬からのちょっとした吐息や喘ぎ声が聞こえた。
ただ、幼馴染の肩を揉んでいるだけなのに、卑猥な感情に追い込まれつつあったのだ。
「和弦、もっと強く揉んでもいいからね」
「わ、分かった」
和弦は周りの人らの視線を受け。そして、緊張感を持ちながらも、その行為を続ける。
背後から紬の肩を揉んでいると、エッチな気分に陥るのだ。
普段から読んでいる漫画でも、そういうシーンがあったはずである。
あの漫画の場合は、揉んでいる最中に間違って、女の子のおっぱいを揉んでしまうという展開があったはずだ。
さすがに人目がある環境下で、そんな変態行為な真似はしない。
「かい……」
和弦は真剣に揉み続ける。
「和弦ー、もういいよ。別のことしてよー」
「え、ああ、そうだな。次は何がいい?」
揉む事ばかりに気を取られ、意識が少し変なところに行っていたらしい。
「さっき、私がしていた事を、和弦も私にやって」
「前屈の奴か?」
「そうそう。それね。思いっきり背中を押していいから。私、こう見えて柔らかいから」
和弦はどぎまぎした感情を抱きながら、彼女の背中を両手で軽く押す。
紬の背後にいると、彼女の香水の匂いや髪のシャンプーの匂い。などなどが、直に和弦の鼻孔を擽るのだ。
その上、白のTシャツから薄っすらと、中の下着が見える。
目を凝らしてみると、彼女の肌まで透けて見てしまうほどだ。
い、いや、ダメだ。
そういうのは――
漫画にもそういう場面があったが、二次元と現実は違うのだと、何度も自身の心に言い聞かせていた。
そうこうしている内に、気が付けば、前半の体育の終わりを告げるチャイムが鳴り響くのだった。
少しだけの休憩の時間。
和弦は一人になっていた。
紬の方は、同性の友達のところに行くと言っていたのだ。
和弦は体育館近くのトイレで用を済ませると、外の空気を吸うために外に出る。
「すう……はあぁ……」
体育館の近くの壁近くで、外の空気を存分に吸って思いっきりはいた。
気分が良くなる。
「それにしても、ヤバかったな……紬の下着が見えそうだったっていうか、肌も……」
和弦は首を振る。
煩悩を取り除こうと必死だった。
数秒後、何とか心を落ち着かせることに成功したのである。
ただ――
「やっぱ、そういうこと考えてるんだね。君でも」
「え?」
自分一人だけだと思っていたのに、誰かが近くにいた事に気づき、心臓を震わせた。
体育館外の壁の曲がり角から、隣の席の遊佐芽乃が現れたからだ。
彼女も学校指定の体操着に着替えており、モデル並みにすらっとした体系が魅力的に、和弦の瞳に映る。
「エッチなんだね、君って」
「え! そ、それは……その、内緒にしてくれ」
「わかってるよ。内緒にはするけど」
芽乃はそう言って、和弦の近くまでやってくる。
「な、何かな?」
「……」
芽乃は無表情のまま、ジッと顔を見続けていた。
何を言われるのかわからず、どぎまぎしていたのだ。
それにしても、近くで見ると、本当に芸能界にスカウトされておかしくない美貌をしていると思った。
「もしもだけど、私が付き合ってと言ったら、どうする?」
「え、え?」
「もしもの話」
「仮の話か」
「そうよ」
「え、でも、なんで?」
「何となく」
芽乃は本心を隠すように、一言だけ言葉を呟いていた。
彼女は何が目的なのだろうか。
和弦が彼女の様子を伺っていると――
後半の体育が始まるチャイムが鳴り響く。
「この話は、後でもするかもね。私も元の場所に行くから。あなたも戻ったら? でも、変な意味ではめを外さないようにね」
芽乃からちょっと意地悪な事を言われた。
彼女はクールな感じに、その場から立ち去って行ったのだ。
芽乃は、今の体育で、どんな運動をしているのだろうか。彼女の事については何も聞けないまま、その時点でやり取りが終わったのである。