僕の全てで君を守る
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ルドルフはまず父親にマーガレットと婚約したいと打ち明けた。伯爵家から侯爵家に正式な申し込みをしてもらった。外堀から埋めるつもりだ。
十五歳になったら考えてもいいと返事をもらったので強気である。もちろん誰にも渡す気はない。
ただマーガレットの表情が時々曇るのだ。自分を見ている時ではなく、遠くを見て悲しそうな顔をするときがあるのだ。マーガレットの心配を取り除きたい。
そう願ったルドルフは出来る限り優しくマーガレットに接することにした。
マーガレットは知識チートさえルドルフに打ち明けていなかった。侯爵家の方針だったからである。予知夢だけは夫人の事故のことで話してはいたが、その他のことはマーガレットのことだけを見て欲しい家族によって伏せられたままだった。
マーガレットもヒロインと結ばれるかもしれないルドに秘密を話してしまうのはためらいがあった。もし結婚が出来たとして、知識チートは慎重に打ち明けた方がいいのではないかと思っていた。知ってしまえば損得で結婚が左右されるかもしれない。
ルドはそんな人ではないと思っていたが、周りの大人たちなら考えるかもしれない。何より利益を優先するのが貴族だからだ。
ヒロインがどんな人だったのか思い出せない。考えないようにしていたのだと思う。将来ルドが一緒に歩くようになる人が想い人、邪魔はしないつもりだった。
自分はモブだという意識は頭から離れない。いつかヒロインがルドルフの全てを奪い去る。
胸が苦しくて仕方がない。そうなったら外国にでも行こうか。前世の記憶で平民の暮らしも出来るだろう。いつか忘れられたらいい。そう願うマーガレットだった。
結婚してから想い人を愛人とするという話は貴族の間では当たり前のことだ。そんな事になってしまえば。きっと胸が潰れるような想いをするだろう。
それだけは避けたい。
今日は客間で二人のお茶会が開かれていた。ルドルフのプレゼントはピンクの
ガーベラの花束とピンクトルマリンのネックレスだった。メイドに花を飾ってもらうとソファーに腰を下ろした。お茶とお菓子が運ばれてきた。
「マーガレットは今日も綺麗だね、その薄桃色のワンピースとても良く似合っているよ」
「ルドも素敵よ。素敵なネックレスね。このワンピースにピッタリだわ。ありがとう。今日のお菓子はシフォンケーキよ、朝焼いたの。生クリームをたっぷりつけて頂くのよ」
「このふわふわしたスポンジがたまらないね。生クリームと一緒だとさらに美味しい。ねえ、マーガレット、何か隠し事をしてない?時々不安そうな顔をしてるだろう?僕じゃ頼りにならない?」
「そんなことはないわ」
貴方が私よりももっと好きになる人がこれから現れるのよ、なんて言えるわけないわ。でも予知夢として言ってみたらどうかしら。だから婚約はしたくないのと言えば分かってもらえるかもしれない。
「実はね、昔予知夢を見たの。ルドのお母様が事故に遭われるのを防いだのと同じ時よ。ルドは夢の中で学院に通っていて三年生になった時に編入してきた女子生徒と恋に落ちるの。幸せそうだったわ。その時はただ応援しようと思っていたの。でも今は苦しい。だから婚約のお話はなかった事にして欲しいの」
「顔色が悪かったのはそのせいか、僕は君と一緒に学院を卒業するよ。何の未練もない。高等教育も時々授業を受けに行ってるけど簡単だった。学院長からも飛び級を認められて卒業も出来る。僕が出会う女子生徒はどこにいるの?十五歳で編入して来たって僕も君もいないんだ。接点はどこにもないよ。安心してマーガレット、僕の心は君だけにあるんだから」
「もし学院以外で知り合ったらどうしようかと思って怖いの」
「マーガレットは僕のことが好きなんだね、嬉しいよ。見も知らぬ女子生徒に怯えているんだろう?」
「好きになってしまったからこんなに苦しいの?」
「そうだよ。君は僕が好きなんだ。だから将来にありもしない不安を感じてそんな夢を見たんだよ」
「昔ルドのお母様のことを予知夢で見たのを忘れたの?その時はまだ私達知り合い程度だった。当たるかもしれないわ」
「どうしたらこの想いを分かってもらえるんだろう。胸を切り開いて見せたいよ」
「ルドが傷つくのは見たくないわ」
「マーガレット、好きだよ、愛している。僕の側にいて欲しい。約束して、どこにも行かないと」
ルドルフはマーガレットを抱きしめた。
「どこの誰か分かれば対策が立てられるよ。分かっていることはないの?」
「ルドの全てを奪い去られるのが当たり前だと思っていたから、見つめているだけの夢だった。その人とルドがそういう運命にあるのだとわかっていたのに、今は悲しくて悲しくて仕方がないの」
「とんでもない夢だね。マーガレットを泣かせて。僕は夢と違って裏切らない。その夢で僕が十六になった時に側にマーガレットがいれば、僕の永遠の人はマーガレットなんだね。」
「貴族の結婚は正妻の他にも想い人を側に置くことが出来るのよ。ルドにそういう人が出来ない可能性は無いとは言えないわ」
マーガレットの心はガチガチに将来現れるかもしれない女性への恐怖で固まっているようだ。何故ここまで怖がるのか分からないが、自分を想ってくれるが故だろう。ルドは対策を練り始めた。
◇◇◇◇◇
マーガレットはルドルフと伯爵家のタウンハウスに住んでいた。使用人は小さな頃からの顔なじみばかりだ。誰もが恭しくマーガレットに仕えていた。
大人になったルドは更に逞しく美しくなり色気のある男性になっていた。惜しげもなく愛情をマーガレットに注いでくるのだ。
ベッドで見せる大人の色気は半端がない。キスをされるだけでマーガレットの意識は飛んでしまう。こんな大人のキスをルドはどこで覚えたのかしら。小鳥のようなキスで全身をくまなく愛してくれ、その手のひらは羽のように優しく触れてきてとても気持ちが良く意識が持っていかれそうになる。胸の飾りに吸い付かれ甘い声を漏らすなんて自分じゃないような気がして恥ずかしい。夢の中なのにやけにリアルだった。
身支度もメイドではなくルドが手伝ってくれる。忙しいはずなのに妻の支度は自分の仕事だと言って譲らないのだ。髪を梳く手つきも羽が触るように軽い。子どもの時に初めて髪飾りを着けてもらった時のことを思い出した。
あの時もうっとりしてしまい、身体の力が抜けたのだったわ。子供だからと思っていたけどルドだからだったのね。
贈り物も随分増えた。ドレスも衣装部屋にぎっしりだし、宝石も趣味の良いものが宝石箱の中にズラッと並んでいる。
夜会に出るときも、お揃いの衣装を身に着けお互いが最愛だと他の方々に分かるようにしている。何よりルドの私を見る目が蕩けそうに優しい。
社交界では理想の夫婦と呼ばれている。
ルドは毎日所構わず愛を囁いてくる。使用人たちのいるところでもお構いなしだ。マーガレットは恥ずかしくてたまらない。
一番嬉しかったのはルドが十七歳の時に、侯爵邸の花の咲いている庭で大きな花束を持ち跪いて
「僕と結婚してください。愛してるよ、マーガレット誰にも君を渡したくない」
とプロポーズをしてくれたことだ。
これがヒロインに言うはずだったセリフだ。まだ現れていないヒロインさんルドルフは私がもらうわ、貴女には渡さない。私が幸せにする。
「はい、どうぞよろしくお願いします」
ルドルフはマーガレットを抱きしめ甘く激しい口づけをしてきた。
「愛してるよ、一生側にいてね。約束だよ」
そんな声が聞こえたような気がするがマーガレットの意識はそこで途切れた。
◇◇◇◇◇
マーガレットが気がついたのはソファーの上でルドに凭れかかっている時だった。
「ごめんなさい、いつの間に眠ってしまっていたのかしら」
「いいんだよ、よほど疲れていたんだろう。可愛い寝顔も見れたし約得だよ。何か夢を見ていたの?笑っていたから楽しい夢だったのかなと思ってた」
「笑わないでね、ルドと結婚しているとても幸せな夢だったの。邪魔をする人もいなくてただただ、幸せだったわ」
「その夢を実現させる権利をくれないかな?君のためにできることは何でもするから」
ああ、私この人が好きだ。隣に並ぶのはこの人じゃないと嫌だ。突然そんな想いが湧き上がってきた。
「よろしくお願いします」
「ああ、やっと願いが叶った。婚約してくれるんだね。愛してる。一生側にいてね、約束だよ」
「私で良いの?後悔しない?」
「君がいいんだ。もっときちんとした所でちゃんとプロポーズするからね」
ルドは夢に見せかけた幻影をマーガレットに見せることに成功した。少しだけ眠ってもらう必要があったので、害にならないくらいの眠り薬を紅茶に入れ、夢の上書きをしたのだ。何故か頑なに予知夢の話をするマーガレットの夢をルドとの幸せな未来に変えさせてもらった。怯えさえ見えたのでこれくらいは許されるだろうと思っていた。幻影魔法はルドルフにとって簡単だった。
「僕が愛してると言うのは出会った時からの約束なんだよ、マーガレット」
ルドルフが呟いた言葉は風に解けて消えていった。
色々吹っ切れたマーガレットはルドの申込みに応えることにした。
卒業と同時に二人は婚約をした。結婚はルドルフが十六歳になってからになった。
マーガレットはようやく小説の呪縛から逃れ自由になったと感じていた。
もうヒロインは出てこない。一途に想ってくれたルドルフが愛おしい。
ルドルフの膝の上で髪を弄ばれ、甘やかされながら幸せに浸るマーガレットだった。
誤字脱字報告ありがとうございます。大変助かっています。
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