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死んだら地獄じゃなかった事に驚いた俺は悪くない…筈

自己満足用不定期連載…のんびり気まぐれに書いていこうと思います。





『息子を頼む、二人の息子たちを』


 薄れる意識の中で、まだ幼い養子と、行方不明の実子の心配をしていたことを朧げに記憶している。


『元気に育ってくれればそれだけでいい』

『この家を継がなくてもいい…幸せになってくれればそれだけでいい』


 虚ろな視界の中で必死に手を伸ばす。

 異母弟か従兄弟か、それとも拾って育てたガキ共のどれかだったかの手を握って頼み込んだ。


『実子を護ってくれ』


 業を背負ったこの家を、我が子に背負わせたくない。

 半分は俺の子だが、()()()()()()なのだ。


『この家に連れてくる必要はない』

『ただ、どうか無事を見守ってくれ』



 これがせめてもの母心なのだろうか。

 

 否。――――本当は欲しかった、許嫁と自分の血を引く子供が!

 養子は可愛い。

 異母弟がわざわざ最高の卵子を贖ってまで作ってくれた跡取り息子だ。

 この家のために生まれてきた子だ。

 成長するほどに血縁を感じられる子が愛しくないわけがない。


 ……だが。


 冷凍保存されていた許嫁(いいなずけ)の精子と、同じく保存されていた己の唯一正常な卵子。

 検査用に保存されていたそれらを無断で解凍・受精卵を作り受胎し、揚げ句の果てに胎児を人質に身代金を要求した揚げ句、後に行方をくらました女がいると知った時の、全身を逆巻くマグマのような情動は堪え切れるものではなかった。

 その吾子を、弟分の一人が養護施設で発見したとの一報があったのは、つい先日。

 隠し撮りの写真を見て、亡き彼にも自分にも似ている顔立ちに、感涙が止まらなかった。


「どうか…頼む、俺と―――の子を…!」


 一度として身籠ったことのない女の、二児の母の末後の訴えを「解った」と言うかのように、強く手を握り返して頷いてくれた事に安堵して、彼女は…死んだ。


 享年三十二歳。





 三十二歳で死んだ…筈だった。





     ◇  ◇  ◇





 意識はおぼろに何度も浮き沈みを繰り返した。


 大きく息を吸って、大声で泣き叫んだことを覚えている。

 赤く暗い落ち着いた世界から、信じられないほどの情報量にあふれた光の世界へ。

 幼い脳は驚愕と混乱から泣き叫ぶことしかできなかった。



 ……うとうと……うとうと……と、意識は浮き沈みを繰り返す。



 大半の時間は眠りに費やされた。

 空腹になれば泣き、不快になれば泣き、暑ければ泣いて、痛くても泣いた。

 状況が改善されれば泣き止み、満足すれば落ち着いてあっという間に眠る。

 手がかからない子だと笑う大人たち。

 よく寝る子だからきっと大きくなるよと小さな手に指を握らせる。

 反射的に握られると誰もが笑みをこぼした。

 


「目元はお母さん似だね、鼻すじはお父さん似」

「これからもっと似てくるわよ」

「あら、足の裏に痣があるわ」

「これは僕からの遺伝だね」

「そうね、色も形もそっくり」

「この痣が顔に出なくてよかったわ」

「ええ、本当に。女の子ですもの」

「来たぞー」

「遅いですよ貴方、何していたんですか?」

「途中で神社によってお守りを買ってきた」

「そんな大きなお守りがありますか」

「おもちゃ屋にもよってきて遅れた、すまんすまん」

「まあ、大きな熊さん。お義父さんありがとうございます」

「柔らかいから、小さいうちはベッドにもなるらしい」

「先に手を洗ってきてくださいな。そうしないと抱っこさせませんよ」

「分かった、そう急かさんでくれ。洗ってくるよ」




 喜び、優しさ、ほほえましさや感動が伝わってくる。

 祝福された命だ。それは理解できた。

 しかし眠い。とにかく眠い。

 本能に身を任せ、ただ眠る。




「あら、モーツァルトの子守唄?」

「僕が赤ん坊の時に聞いていたものだって両親が置いて行ったんだ」

「素敵な偶然だわ」

「ん? 何がだい?」

「私の実家にもこのCDがあるもの」

「それは素敵な偶然だね」




 心地よい音に促されるように、手足を動かす。

 いつかどこかで聞いたことのあるメロディ。

 繰り返し、繰り返し……

 そしてまた眠ってしまう。




「ちっちゃなお手てで踊っていたね」

「ちゃんとリズムを取っているみたい」

「将来は音楽家かな」

「ダンサーかもしれないわ」

「楽しみ」

「楽しみね」




 起きている時間が少しずつ増えて、環境も変化する。

 食べるものが完全な液体から柔らかなペースト状のものになり、柔らかい半固形状になり、味や香りが少しずつ付いてくる。




「よく食べるね。好き嫌いもないのはエライぞ」

「ジャガイモより、サツマイモやカボチャのほうが好きみたい」

「甘くて美味しいと感じるんだろうね」

「ほうれん草は…あら、しかめっ面になりつつも食べたわよ。この子すごいわ」

「あんまり可愛いんでさっきの顔、写メにとって両親に送ってみた」

「私の両親にも送って」

「分かった、ハイ、送ったよ……うっわ!」

「どうしたの?」

「……ハートマークが大量添付された返事が返ってきた」

「うわぁ…」




 ラグの上に降ろされて、ころころ転がってみる。

 両腕を床に突っ張って上半身を起こし、周りを見渡すと、本棚に見覚えのある著者名が……。

 【水瀬(みなせ)(こう)

 しかしすぐに手近の白木で出来た積木に気を取られた。

 滑らかで温もりを感じさせる感触は気に入った。触り心地の良さは重要だ。

 柔らかい指先で、紅葉のような小さな手のひらで、その感触を堪能する。

 ふわふわのラグ、すべすべの積木。

 眠くなったら大きな熊のぬいぐるみのおなかがベッド代わりだ。


 ずり這いから、四つん這いでのハイハイになり、筋力が付くとやがて掴まり立ちに挑戦して、何故か後ろに転がる。

「?」

 何でこうなる? 

 どうして立てない!

 出来ないというのは非常に腹立たしいので、挑戦を繰り返すこと数日。

 立った!

 嬉しいのでそこにいた人たちに誇らしげに笑って見せると、歓声が上がった。

 さあ、次は歩き出すために初めての一歩を……!

  "コテン"

「……」

 自分の体なのに何故こうも自由に動かないのだろう。

 転がって周囲を大騒ぎにさせたのをよそに、口をへの字に結んで、小さな頭で必死に考えていた。

 おかしい。

 もっと自由自在に動かせるはずなのに、何があったのか。

 考えているうちに理性と思考は感情と本能にねじ伏せられ、恥ずかしげもなく大声が喉から迸った。

 不思議なほど泣く事が当たり前だった。

 抱き上げられてなだめられても泣き声はしばらく止まらなかった。

 そのまま寝落ちしたのは言うまでもない。


 そうやって、成長していく。


 小さなスプーンを自分で持って、少量ずつ盛られた料理を口に押し込む。たどたどしい手つきで、それでも零さぬように気を付けながら。

 美味しいかい?と聞かれたので、小さな両手で両頬を押さえて見せると、聞いてきた人は顔面土砂崩れする勢いで喜ぶ。




「言葉が遅いのがちょっと気になるの」

「この子の個性だよ。あまり気にし過ぎても…」

「だってまだ『マンマ』どころか喃語すら言ってくれないのよ」

「でも、僕たちが言っていることは理解しているみたいだよ」

「それはそうだけど……」

「突然しゃべりだすかもしれないよ。よく眠るのは記憶を整理するためだよ」

「でも…やっぱり今度お医者さんに診ていただこうかしら」

「心配なら診てもらおう。病院には一緒に行こうね」

「そうね、そうするわ。お願いね…」




 我が子の成長を周りと比較して心配するのは、親として当然の反応である。

 

 同時に、不快を感じて泣くのは子供の当然の反応である。




「ほーら、心配なかっただろう?」

「ほんとね、安心しちゃった」

「でもまさか初めての言葉がお医者さんに向かっての『いーやっ、きりゃい!』だとは思わなかった」

「そうね、これは予想外だったわ」

「きっと言語をため込んでいるんだよ」

「言語をため込む?」

「僕の知り合いが、5歳近くまで殆ど言葉らしい言葉をしゃべらなくて、親御さんが心配してたら、ある日の夕食の時に突然『たまごやきもっとおかわり』って言って両親の度肝を抜いたそうだよ」

「そんなことがあるのね」

「あるんだよ。だから心配ないよ」




 ――――さて。

 ――――夢ならいい加減覚めて欲しいのだが




 ……意識の覚醒はゆるやかでありながら唐突だった。


 ふと、空を見上げる。

 10月なのに桜が咲いていた。


 自分の手のひらをまじまじと見る。

 生前に当たり前のようにあった特有のタコもない柔らかな指。桜貝の爪。

 …まあ、幼いのだから当然と言えば当然か。


 振り返って両親を見ると、父も母も記憶とは異なる人物だった。


 鏡を見る。

 前世で父親の幼少期そっくりと言われた顔立ちは、そのまま今生に持ち越したかのようだ。

 違うのは髪の質と全体の色。

 前世では、赤味が勝った髪はクセ毛気味で、いつも短くカットしていた。少しごわつくのがコンプレックスだった。

 それが今は黒く、癖もなく素直な質で背の中ほどまで長く伸ばされていて、しなやかな手触りだ。

 肌も白い。

 前世でレッドアンバーのようだと言われた瞳は、今は(はしばみ)色。

 今の顔立ちは、それぞれ両親のパーツがバランスよく合わされて、不思議と前世の顔立ちによく似ているため、あまり違和感を感じない。

 目や口元は母親似で、鼻は父親似だろうか。

 何とも不思議な気分。


 冷静になれと己に言い聞かせながら、周囲を見渡す。

 壁に掛けられているカレンダーの西暦は2012年。

 アラビア数字で日付が、漢字とひらがな・カタカナで二十四節季(にじゅうしせっき)六十干支(ろくじっかんし)七十二候(しちじゅうにこう)や祝日が印刷されている。


『どうやら日本らしいな。少なくとも親のどちらかは日本人だろう』


 つーか…ここが地獄じゃないことに驚いた。

 割と本気で驚いてる。


 何に驚くって、生まれ変わっていたという現実に。




 ……地獄に落ちると思っていた。




『だって決して表沙汰にならないとはいえ、俺が裏の仕事で殺した人の数が半端ねーんだもん』


 親戚付き合いのある名家のボディガードに始まって、その延長で命を狙ってくる連中を始末するのは日常茶飯事。

 仕事となれば不法出国不法入国は当たり前、さらにストーカーを半身不随の半死半生状態で放り出したり、金の力で自由になった犯罪者を消したりなんて珍しくもなくて。


 何度掴まっても犯罪行為を繰り返す小児性愛者(ペドフィリア)とか。

 精神異常を装って法から逃れる強姦(レイプ)常習者とか。

 子供を誘拐しては人身売買組織に売り飛ばしていたゲス野郎どもとか。

 終いには日本国内に不法入国(勝手に巣作り)している海外のテロ組織まで出てきて、殺すことを罪悪とも思わなくなった。


 だいたい仕事の内容自体、犯罪者の身内から頼まれる件数が想像以上に多い。

 まぁ、国政や国防に関わる人間を輩出し続けている名家とあれば、社会のクズは燃えるゴミに出したい気持ちは理解できる。


『俺だって初めての殺人(ファースト・キル)は許嫁を銃で撃ち殺した薬物中毒(ジャンキー)野郎だったし……』


 こういうことを延々と考えていた時点で、実は相当パニックだったことを後に思い返すことになる。




 1972年に生まれ、2004年に32歳で死んだ四足草鞋の独身女、笹生(ささお)嗣人(つぐと)

 ペンネーム・水瀬(みなせ)(こう)


 武術道場の跡継ぎで、暗殺者。

 小説家でありながら、私的多国籍軍染みた傭兵部隊の指揮官。



『思い返すと属性てんこ盛りじゃん…よくもまぁ生まれ変われたよなぁ俺』


 片頬を引きつらせながら頭をかいた。

 どうやら本当に生まれ変わったらしいことを自覚せざるを得ない。


『俺、一般人として生きていけるのか……? たっけてしょーまぁ』


 思わず前世の亡き許嫁に心の中で泣きつきたくなったのも無理はないだろう。

 


 そんな彼女の、シリアスとシリアルが混在したモノガタリが始まる――――。




昔に比べて語彙と表現力が落ちてるのを痛切に感じてます。

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