森の中
ケイは森の中を歩き続けていた。どこまで行っても変わらない、黒い木と草に囲まれた光景。太陽が見えないから、自分がどの方角を向いているのかも分からなくなる。それでも彼女は歩くことを止めなかった。その背に向かって、声がかけられる。
「ねえ、アナタ」
鈴を鳴らすような声。ケイが後ろを見ると、そこには神官服を着た大柄な女性が立っていた。
「職業も変えずに魔の森に入ってきたということは、アナタも転生者なのかしら」
「そうですけど……あなたも?」
ケイは女性から距離を取って問いかけた。女性は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「そうよ。私は高ランクじゃなかったけど、知ってもらえているかしら」
「……プレイヤー名は?」
「ゆず茶よ」
ケイが目を見開いた。そのプレイヤー名は、ケイが前世で見ていた配信で何度も見たことがある。
「夜銘タロウさんのリア友だった……?」
「あら。久しぶりに聞いたわね、その名前。アナタはアイツの配信を見てくれてたの?」
前世でケイが見ていた配信者の名は、夜銘タロウ。ゆず茶は彼の相棒であり、リア友であり、チャット欄の管理者でもあった人だ。夜銘はそれほど高ランクでもなく、登録者数も雀の涙。それでも、ケイにとっては2人の配信が日々の楽しみだった。
「ええと……まあ、それなりに。私はケイです」
「ケイちゃん! 覚えてるわよ、よく来てくれてたものね」
彼女がケイの手を握って、笑いかける。ケイは喜んでいいのかどうか分からなくて、目を伏せた。
「……ゆず茶さんは、思ってたとおりの綺麗な人ですね。夜銘さんとは長い付き合いなんですか?」
「そうよ。学生時代からの付き合いだし、同性だもの。何でも話せる友人だったわ」
「やっぱり……って、同性? ゆず茶さんって、男の人だったんですか?!」
ケイは目を丸くして、顔を上げた。夜銘は地声で配信していたが、ゆず茶は特別な機材で声を変えていた。だから前世の彼女が男性であったことは不思議ではないが、ケイは彼女が女性であると思い込んでいた。ケイの目の前にいる人は、その思い込みも想定済みだったのか、笑いながらケイを見ている。
「そうよ。転生して性別が変わっちゃったけど……今も昔も、アタシは可愛いものが好きなの。だからアナタの事も大好きよ、ケイちゃん」
「そんな、ボクなんて……」
ケイは顔を真っ赤にして黙ってしまった。女性はケイを抱きしめて、耳元で囁いた。
「そういうところが可愛いって言ってるのよ。安心なさいな。アタシがあのバカ共から、ケイちゃんを守ってあげるから」
女の声が低くなる。ケイは首を傾げた。
「えっと、守るって誰から……?」
「ケイちゃんに鎖をつけた奴と、ケイちゃんを人質にした奴からよ」
「ああ、あの……。ゆず茶さんも見てたんですか?」
「人質にした方のバカとは面識があったのよね。アイツが女の子を人質にするような奴だとは思わなかったけど」
女は本気で怒っている。ケイは何と言っていいか分からず、曖昧な笑みを浮かべただけだった。