自分のためか、他人のためか
神官長はため息をついた。
「私はまだ、あなた方のことを信じきれていません。ですが、他の2国が動かないのなら、神聖国も動かないと約束しましょう。……エル。あなたも、それでいいですね?」
教皇は楽しそうな笑みを見せた。
「いいとも。では、壱華さん。あなたも、それでよろしいかな?」
壱華は柔らかな笑顔で、頷いた。
「いいわ。……それと1つ、確認させてくれるかしら」
彼女の視線が、ケイの背後に立っている黒服の男に向けられる。
「ねえ茗荷。貴方は、帰りたい?」
「いいえ」
男は即答した。壱華の側に立っている黒服の娘が、息を飲む。男はそれを見て、表情を曇らせた。
「夜。お前は、俺に帰ってきてほしいのか?」
娘は答えない。壱華が困ったような顔をして、彼女に声をかけた。
「夜。貴方は、お兄様と暮らしたかったのでしょう? 意地を張らず、素直に帰ってきてほしいと言えばいいのに」
「……いいえ。いいえ、お館様。私は忍びです。お館様の刃でございます。そのように生き、そのように死ぬと定めたのです。家族と暮らす暖かな日々など、元より私には不要です」
夜と呼ばれた娘が言葉を発する。その声は震えて、上ずっていた。壱華は彼女の背を撫でながら、話を続けた。
「私は、貴方に感謝しているのよ。家族を助けに行きたい気持ちを抑えて、今までよく仕えてくれていたから。これからは、幸せになってほしいの。誰よりもね」
夜が俯く。茗荷が低い声で呟いた。
「……そうだな。どうなるにせよ、里には帰るさ。帰りたがらない者たちも居るだろうが、俺が説得して連れていく。その時に、また話をしよう。お前の我儘なら、皆も聞き入れる筈だ。だから、泣くな」
その言葉を聞いて、夜は明らかに泣いていると分かる声をだした。
「いい、です。兄様とも姉様とも、もう家族ではありませんから。裏切り者に、里の土地は踏ませません。来るなら、私を……」
夜が顔を上げる。彼女は茗荷を睨みつけた。
「私を殺す覚悟で、来てください」
茗荷はその目を見返して、笑った。
「良いだろう。その時は、望み通り殺してやろう」
壱華がケイに向かって笑いかける。
「こういう子たちなの。驚かせてしまったのなら、ごめんなさいね」
「ええと……そう、ですね。驚きはしましたけど……。ボクは茗荷さんのことを信頼しているので、茗荷さんがそうすると決めたのなら、それでいいと思います」
ケイは硬い表情のまま、言葉を紡いだ。壱華は彼女の言葉を聞いて、安心したようだった。




