出会い
【貫け薔薇の棘】
セムトの声に呼応して、地面から無数の薔薇の茎が伸びてきた。男はそれを素早く回避して、セムトに向かって拳を振るう。
【幻惑の香】
セムトは紙一重のところで身を躱した。紫色の花びらが男を包む。男は息を止めて、周囲に渦巻く花びらを振り払った。
(あと、少し……!)
ケイは2人の戦闘から注意を逸らさないようにしながら、手を伸ばして荷物を引き寄せた。少し重いが、持てないことはない。
(よし、今のうちに……)
ケイは草むらの中に入った。顔に当たる草を手で避けて、無我夢中で前に進んでいく。
(とにかく、早くここから逃げないと)
ケイの姿が広場から消えて、セムトの動きが鈍る。男の拳がセムトの腹に当たった。セムトの体が弾き飛ばされて、木に激突する。セムトは血を吐いて目を閉じた。
「冗談じゃねえぞ。手を抜いたテメエに勝っても、何も嬉しくねえんだよ」
「…………だって、どうでもいいから」
セムトは笑い声をあげた。口の端から血が溢れる。
「おい、起きろ。テメエの次は、あの女だぞ。守らなくていいのかよ」
「……アハハ。あの子は僕が守らなくても、幸せに生きていけるよ。必要だったのは僕だけ。…………側に居たいと願ったのも、僕だけだ」
そう言い残して、セムトは意識を失った。男は彼を見下ろして、吐き捨てる。
「クソ、やっぱりあの女を逃がすんじゃなかったな」
「そういう言い方はしない方がいいわよ」
男の頭上から声が降ってくる。広場を見渡せる木の枝の上に、神官服を着た女が座っていた。
「最初からそこに居たのか?」
男は驚いた様子もなく返した。女は木の上から飛び降りて、地面に足をつけた。
「ええ。アンタを人殺しにするわけにはいかないもの」
女は細身の杖を取り出して、セムトに向けた。
【神の名の下に信徒へ癒しを与えましょう】
セムトの傷が治っていく。男が腕を組んで、近くの木に寄りかかるような体勢をとった。
「そんなことより、見てたんだろ。あの女がどの方向に向かって歩いていったのか、お前なら分かるんじゃねえのか」
「それを聞いてどうするつもり?」
女が男の喉元に杖を突きつける。
「アタシは可愛い娘の味方なの。アンタも当然知ってるわよね」
男が黙る。女は言葉を続けた。
「森に女の子が来てくれたのは初めてだもの。最高のおもてなしをしたかったのに、アンタのせいで台無しよ」
「……どういう意味?」
倒れていたセムトが起き上がった。女は彼に笑いかけた。
「そのままの意味よ。アナタ、あの子と一緒に居たいんでしょ? だったらアタシに協力してちょうだい」
セムトはその言葉に頷いた。そして、女が差し出した手を取った。