カルヴィン山(中編)
「結論から言うわね。あの霧は、神聖国の人間が生み出したものよ」
アマーリアは渋い顔をしていた。ケイは首を傾げて、言葉を発した。
「そうなんですか? でも、この山での戦闘行為は禁止されてるんじゃ……?」
「そうね。だけど、あの霧は人を傷つけるようなものじゃないから……きっと、神様にも許されると思っているのね。この山ではどんな理由でも、血を流すようなことはできない。だからあの人たちは、霧を生み出して迷わせようとしているの。霧の中で何を聞いても、何を見ても、それはアタシたちを迷わせるための仕掛けよ。絶対に、揺らがないで」
ケイはアマーリアの目を見つめた。セムトが彼女の背中に、覆いかぶさるようにして抱きつく。
「よく分からないけど、僕は大丈夫だよ。ケイが一緒にいてくれるから」
「そりゃあ、お前はそうだろうな。だが、ケイは違う。そうだろ?」
マイルズの言葉を聞いて、ケイが俯く。アマーリアが食事の支度をしながら声をかけた。
「ねえケイちゃん。アタシたちは、ずっとアナタの側にいるわ。それでも、どうしても先に進めなくなったら……その時は、アタシたちが助けてあげる。遠慮しないで」
「……でも。さっきもセムトに話しかけたんですけど、聞こえてなかったみたいなんです。多分、声が届かないようにされてるのかなって思っていて……きっと、アマーリアさんやマイルズさんにも、話しかけられないんじゃないかと思います」
ケイが不安そうな声をだす。アマーリアは目を細めた。
「大丈夫。アタシは、あの霧の影響を受けないから。神聖国の人たちも、帝国側に神官がいるとは思わなかったんでしょうね。自分たちが登りきれるように、同じ信仰を持つ人間には霧の力が働かないようにしてるんだと思うわ」
ケイは何とも言えない表情になって黙った。マイルズが彼女の分のスープを木製の椀に入れて手渡す。セムトが彼女から離れて、冷たい声で呟いた。
「よく分からないけど、術者を殺して霧を晴らせばいいんじゃないの? どうせ、神様なんていないんでしょ。この山に争いを禁じる法則があるんじゃなくて、ここにいる皆がそういう約束をしてるだけ。実際に、霧を使って僕たちの邪魔をしてくる人たちがいるんだもの。僕たちが約束を破っても、それは仕方のないことだよね?」
ケイは固まった。マイルズが呆れたような声で言う。
「そういうわけにはいかねえだろ。こっちは話し合いがしたくて、わざわざここを選んでるんだぜ。先に手を出したら、ここにした意味がなくなっちまう。そうは思わないか?」
セムトは不機嫌そうな顔になって口を閉じた。ケイは深呼吸して、言葉を紡いだ。
「殺すのは、良くないよ。どんな理由があっても、ボクはセムトに人を殺してほしくはないんだ。だから、やめて」
「……分かった。ケイがそういうなら、殺すのはやめておくね」
セムトは笑って、ケイに寄りかかった。ケイは困ったような顔をして、彼の頭を撫でた。




