山登りの前に
日が傾くまで歩き続けていると、遠くの方に山が見えてきた。
「あれがカルヴィン山だ。俺たちは、あの山の頂上まで登らなきゃならねえ。今日は早めに寝て、明日に備えとけよ」
足を前に進めながら、マイルズがケイに話しかける。ケイは黙って頷いた。山の麓に、小さな町が見えてくる。4人は町の南にある門を抜けて、北側にある宿に泊まった。宿の1階は酒場になっている。酒場には数人の客がいた。1つの机を挟んで向かい合っていた2人組の男性客の片方が、扉が開いた音を聞いて入口に視線を向けた。その男は宿に入ってきたマイルズを見た瞬間に、立ち上がって手を振った。その手は青い肌で、水かきがついている。異種族と人間のハーフで、片親が魚人なのかもしれないとケイは思った。
「おーい! 久しぶりだな、マイルズ!」
「そうだな。こんなとこで何してんだよ、ヴァルトル」
マイルズが手を振り返す。ヴァルトルと呼ばれた男は、向かい側に座っている羽が生えた青年を指さした。
「オレは今、コイツと組んで護衛の仕事をしてるんだよ。神聖国のお偉方が、カルヴィン山に登る用事があるらしくてな。山に入ったところで合流することになってんだ」
「じゃあケイラじゃなくてスコルフォルでいいだろ。そっちの方が神聖国に近いんだからよ」
「ここの酒場は良い酒が揃ってるんだって。お前も知ってるだろ? それに、ここには色んな人間が集まってるからな。オレらみたいなハーフには、ここの方が居心地が良いんだ。それよりさ、お前こそ何でケイラに来たんだよ。しかも、こんな大人数で」
「うるせえ。こっちはこっちで、カルヴィン山に行かなきゃならねえ事情があんだよ」
「ふーん。まあいいや、そんなことよりお前も飲めよ。オレが奢ってやるからさ」
「いや、俺は飲まねえ。明日の朝、すぐに山に向かわねえと間に合わねえんだ。俺たちには翼もないしな」
「そうか、じゃあ仕方ないな」
ヴァルトルは残っていた酒を飲み干した。ケイは彼に近づいて、その顔を見上げた。鱗に覆われた青い顔の両側には、大きな鰓がある。少し生臭いのは、元が魚だからだろうか。そんなことを考えながら、ケイは彼の顔を見つめた。彼が困ったような表情で、彼女に声をかける。
「言いたいことがあるなら言ってくれていいんだぜ。その方が楽だしさ」
「え……あ、その、ごめんなさい!」
ケイは飛び上がって、ヴァルトルから距離を取った。彼はそんなケイを見て、笑顔になった。
「謝らなくていいって。そんなに気にしてないし。なんだよお前、魚人を見るのは初めてか?」
「えっと……その、実はそうなんです。ボクは旅をするのも初めてだから」
「そうかそうか。まあ、嫌われてないなら良かったよ。オレはヴァルトル。こっちはエデュアルトだ。よろしくな」
ヴァルトルがケイに笑いかける。彼の向かいにいた青年が、無言で頭を下げた。




