戦闘
「君は、ここで暮らしているの?」
広場の中央にいる人が振り返る。その人は皮装備を着た男性で、両手にナックルを装着していた。
(格闘家の職業なのかな。だとしても、簡素すぎる服装だと思うけど)
「なんだお前ら、迷子か?」
男は2人に不躾な視線を向けた。
「送ってやるよ。家は……」
男は途中で言葉を止めて、ケイの腕を見つめた。
「……あ、あの、何か?」
ケイが手を引っ込めようとした、その時。男がナイフを投げた。ケイの左腕に装着されていた腕輪にナイフが当たって、腕輪が粉々に砕けた。
「何をしてるの」
セムトが低い声音で問いかける。男は真剣な眼差しをセムトに向けた。
「馬鹿野郎、こんなモン見たら壊すに決まってんだろ」
(……もしかして、見た目に依らず優しい人なのかな?)
ケイがそう思ったのも束の間。男は凄まじい速度で彼女の背後に回り込んで、その頭を鷲掴みにした。
「おっと、不用意に動くなよ。コイツの頭を砕かれたくなかったら大人しくしろ」
その言葉を聞いたセムトの顔から、表情が抜け落ちる。男が口笛を吹いた。
「いいねえ、お前のそういう顔は初めて見たぜ」
「君は、誰なの?」
「誰でもいいだろ。お前には昔から言いたいことがあったんだ。ゲームじゃ強キャラだったかもしれねえが、現実に無敵時間はねえ。本当に強いのはどちらなのか、決めるとしようぜ」
(あー……あったなあ強キャラ論争とか……)
ケイは遠い目をした。『幻想大戦』の職業は度重なるアップデートで増やされている。23種類もある職業のうちで、どれが1番強いのか。個人の好みを度外視して答えろと言われたら、誰もが魔術師だと答えるだろう。呪文の詠唱中は無敵になる仕様が存在していたのが主な理由で、それが悪用されることも多かった。男の言葉はそういう意味だ。
「つまんない話。ボクを人質にしてる時点で、勝てる自信がないって言ってるようなものじゃない?」
ケイは吐き捨てるように言った。
「……あ? なんだてめえ、文句でもあんのか?」
「だってそうじゃん。ボクを使ってセムトを脅しても、本当の意味で君がセムトに勝ったことにはならないでしょ?」
男は舌打ちして、ケイの頭から手を離した。ケイはゆっくりと後ずさりした。
(上手く抜け出せたかな?)
ケイは自分の体が自由に動かせることを確認してから、周囲を見回した。
(今なら、セムトから逃げられるかもしれない)
広場の中央で、2人の男が戦っている。ケイは自分が立っている場所の反対側に、帝都で買った荷物が落ちているのを見つけた。戦っている男たちから目を離さずに、足を横に動かして移動する。それを繰り返して、ケイは荷物がある場所に向かった。