忍者の話
その男が現れたことに驚いたのは、ケイだけだった。その場にいる彼女以外の人間は、男がいることを当然のように受け入れていた。茗荷という名を持つその男は、覆面を下ろして口を開いた。
「驚かせてしまいましたな。私はずっと、陰に隠れて皆様のお話を聞いておりました。ですので、私が呼ばれた理由も分かっております。……私は、最後の忍務を遂行できなかった。その時点で、故郷に帰る道は絶たれております。1度失敗した忍者が帰る道は、どこにもありませぬ。しかし、あの方は……黒鳶の城主は、ケイ様に会いたがっておりました。ですので、ケイ様であれば城主と会うことも可能かもしれませぬ」
彼の言葉が、静かな室内に響く。アーヴァインが微笑みを浮かべて、地図の中央に描かれている山を指し示した。
「ここはカルヴィン山といって、3つの国の中央にある、完全な中立地帯です。この山では誰であろうと、争いのために力を使ってはならないとされる場所。ですので、お嬢さんの望むような話し合いも、この山であれば可能だと思いますよ」
マイルズが地図を覗きこんで腕を組む。
「俺たちが立ち入っていいのか? カルヴィン山は、普通の人間が入れる場所じゃねえだろ」
「そこは私に任せてください。これでも一応、皇帝という立場にある人間ですので。カルヴィン山に立ち入るための許可証を書いて、貴方がたにお渡しするくらいのことはできますよ」
「山に登るんですか? ボク、登山経験は無いんですけど……」
ケイが不安そうな顔をする。アマーリアが彼女の背を撫でながら、穏やかな声音で喋りかけた。
「大丈夫よ、ケイちゃん。カルヴィン山は神様の力で守られているって伝えられていてね、天気はいつも晴れだし、山頂に向かう道は平らで登りやすいって言われているの。ちゃんと準備をしていけば、問題ないわ」
ケイはアマーリアの方を見た。彼女は穏やかな笑みを浮かべている。その様子を見て、ケイは覚悟を決めた。
「……その山でしか話し合いが出来ないのなら、そこに行くしかないですね。分かりました。……えっと、セムトとボクと……」
「アタシも行くわ。当然、マイルズもね」
「ありがとうございます」
ケイはアマーリアに向かって頭を下げた。アーヴァインが地図を丸めて、紐で縛る。
「私はこの場所から動くわけにはいきません。ですので、着いていくことはできませんが……あなたの成功を、願っておりますよ」
彼は地図をケイに渡した。茗荷がそれまでと変わらない調子で呟く。
「あまり大勢で登るわけにもいかぬでしょうから、忍者を皆連れていくことは出来ますまい。私が代表して、貴方と共に参ります」




