黒い森
帝都にある店を全て回り終えて、ケイはセムトと共に北にある門の前に立った。
「あのさ。やっぱりその荷物、ボクが持つ。全部、ボクが買った物だから」
セムトは身の丈に合わない大きな袋を背負っている。中身は保存食と飲み水、携帯型のランプと寝袋。そして、セムトが1人用の物を2つ買うのは嫌だと言って譲らなかった2人用の天幕だ。彼はそんな大荷物を事も無げに持ち上げて、優しい声で言葉を返した。
「ダーメ、この荷物は僕に任せて」
彼の言葉がケイを縛る。彼女は半目になって黙った。そして、門扉に手をかけてゆっくりと押した。『幻想大戦』のマップは、3つの陣営に分かれて陣地を取り合うために作られている。その仕様上、帝都はマップの端にある。ゲームだと北門は閉じられており、外に出ようとすると門番に止められた。今も、門番は槍を持って門の両脇に立っている。けれど、彼らが外に出る2人を止めることはなかった。
(セムトが何かしているのかな)
風に舞う紫色の花びらを見ながら、ケイは門を通り抜けた。後から来たセムトが扉を閉じる。2人は並んで、濃い黒色の木々を見上げた。
「セムトの魔術って植物系だったよね。森の中は君のフィールドなんじゃない?」
「それがそうでもないんだ。僕の魔術は、人間以外に対してはあまり効かないから」
「……そう。それじゃ森の中に入るには、この草を切らないとだね」
ケイは折りたたみ式の小型ナイフを取り出して、目の前の草を苅った。その様子を見ながら、セムトが声をかける。
「大変じゃない? 良かったら変わるけど」
「いらない。楽しいから」
ケイは言葉とは裏腹に、渋い顔をしながら作業していた。セムトは何も言わず、彼女の後に付いていった。獣道すらない森の中では、気を抜くとどの方向を見ているのかも分からなくなる。ケイは手を止めて、詰めていた息を吐いた。
「ねえセムト、人を探しているんだよね。でもこの森には、誰かが居たような様子はないよ」
「そうかな?」
セムトの指に、青い蝶が止まっている。彼はその蝶を見て微笑んだ。
「この子が伝えてくれているんだ。魔の森には、確かに人が住んでいるらしい。その人が僕の知り合いかどうかは、分からないけれど」
青い蝶が飛び立つ。光が差さない真っ暗な森の中で、小さな蝶を目印にして道を進む。淡い青色に光る鱗粉を辿って歩いていくうちに、目の前が急に開けた。そこだけ草が生えていない、円形の広場の中央。そこに誰かが立っている。セムトは明るい表情になって、その人に声をかけた。