話し合いという名の事情説明(後編)
「で、お前はそれを利用したわけか」
黙って話を聞いていたマイルズが口を挟む。
「コイツは権力に興味を持たねえが、適当に仲良くしておけばその影響力だけで上に行けるからな」
アーヴァインはその言葉に頷いて、話を続けた。
「……そういう事になりますね。この国の上層部にいた者は皆、長続きする戦争に飽きていました。軍に戦いを任せて、王宮の内に籠もって日々を過ごす。それが彼らの日常でした。そこにクルトの薬が持ち込まれたのですから、どうなるかはお分かりでしょう。この国は実質、彼が支配しているようなものなのです」
アーヴァインの話を聞いて、セムトが首を傾げる。
「そう? でも、君は薬を欲しがらなかったし、皇帝になってからは取り締まりを厳しくしたじゃない」
話の流れを見守っていたケイは、その呼び名を聞いた瞬間に思わず立ち上がって叫んだ。
「皇帝?! ちょっと待って、セムトの友達って、この国のトップだったの?!」
アマーリアが苦笑を浮かべて口を開く。
「そういえばケイちゃんは、村から出てきたばかりだったわね。皇帝の名前も聞いたことがなかったの?」
「えっと、実はそうなんです。……気づけなくてごめんなさい、アーヴァインさん」
ケイはアーヴァインに向かって頭を下げた。彼は笑って手を振った。
「特に気にしていませんから、謝らないでください」
その様子を見て、ケイは不思議な気分になった。
(アーヴァインさんって、話しやすい人だな……。前世で出会った皇帝さんにも、こんな人がいたなあ)
『幻想大戦』における皇帝とは、特定の人物を指す言葉ではなかった。それは各サーバーのランキングで1位になると得られる称号だ。陣営によって違いがあるので、それを基準にして陣営を選ぶプレイヤーもいた。ランキングで負けても獲得した称号は消えなかったので、上位プレイヤーは全員その称号を持っていた。ケイも何度かソロでゲームをプレイしていた時に、皇帝称号を持つプレイヤーに出会ったことがある。その人たちは普通の人で、優しい人もいれば怖い人もいた。けれどこれはゲームではない。この世界で皇帝になれるのは、皇帝の血を引く息子だけだ。アーヴァインは高貴な生まれであるはずなのに、気取っていない。
「……アーヴァインさんは、本当に皇子様だったんですか?」
ケイにそんな言葉をかけられて、彼は気まずそうな顔をした。
「ええ。とはいっても、私は母の身分が低い第3皇子でしたから……。クルトが居なければ、皇帝にもなれなかったような男ですよ」
「えっ……あ、その、ごめんなさい! ボク、すごく失礼なことを……!」
慌てるケイを見て、アーヴァインは笑った。
「皇帝らしくないのは自覚していますから、大丈夫ですよ」
その顔を見て、ケイは少しだけ勇気が出た気がした。彼女は長椅子に座り直して、アーヴァインの目を見ながら言った。
「アーヴァインさん。ボクたちはこの戦争を終わらせたいと思っています。そのために、力を貸してくれませんか」
アーヴァインが表情を消した。彼は姿勢を正して、真剣な眼差しをケイに向けた。




