厄介な約束
「君は、とても計算高い人なんだね」
「幻滅した?」
「ううん、その計算は正しいと思うよ。この腕輪が無かったら、ボクはここから逃げることしか考えない。そうしたら、君の言葉は届かない。君はそれが嫌だったんだろう?」
ケイはセムトの目を見ながら、慎重に言葉を選んだ。
「逃げないよ。一緒に魔の森に行くって、約束する。だから、せめて自分の足で歩けるようにしてほしいんだ。駄目かな?」
「……ううん、いいよ」
セムトは少し考えてから、頷いた。そして、もう一度指を鳴らす。ケイは彼の腕の中から抜け出して、床に足をつけた。
「それで、いつ出発するの? ボクは初期装備の農民のままでいい?」
「構わないけれど、もし装備を変えたいのなら僕がお金を出すよ。職業も好きなものを選ぶといい。僕はそういうの、どうでもいいから」
そう言って、セムトはクローゼットから真っ黒なローブを取り出した。
「それ、魔術師への転職が完了した時に渡される初期装備だね。高ランクになっても使ってるの?」
「うん。他に着るものもないから」
「……そう。それじゃ、ボクは装備とか……食料とか水とか、色々買いたい物があるから案内してくれる?」
そう言って、ケイは部屋の扉を開けた。その目に入ってきたのは、広い廊下。赤い絨毯が敷かれており、あちこちに帝国の紋章が入った旗が掛けられている。
「お待たせ。えっと……君は、何ていう名前だっけ?」
ローブに着替えたセムトが部屋から出てくる。ケイは彼の方を見ずに返した。
「プレイヤー名はケイだから、それで呼んで」
「ケイ? ……ふうん」
セムトは目を細めた。
「……本名は、教えてくれないの?」
「自分の名前が嫌いだからイヤ。……君が無理やり聞き出すつもりなら、ボクが抵抗しても意味はないだろうけど」
「そんなことしないよ。ケイには、僕が嫌なことを無理やりやらせるような男に見えてるの?」
「そうじゃないの? こんな鎖まで付けて、縛ろうとしてるんだから」
ケイは左手を上げながら言った。彼女の腕には、まだあの腕輪が付けられたままだ。セムトは目を伏せた。
「それは……ごめん。僕も、普段はこんなことしないんだけど……どうしてだろう。君といると、落ち着くんだ。だから、居なくなってほしくなくて。消えてほしくなくて……」
セムトの目から光が消える。ケイは嘆息した。
「はいはい、同じ世界から来たからだね。魔の森で君が友人に会えることを、心の底から願ってるよ。そうしたら、ボクはこの厄介な腕輪から解放されるだろうからね」
「……そうだね、約束だ。その時が来たら、僕は君を解放するよ」
セムトはぎこちない笑みを見せて言った。ケイは呆れ顔で先を歩いていった。