それも戦略
魔の森に攻め入ったクロトビ軍、総数15000人。その中で、捕虜になった者は約300人。他の人間は魔物を見て、逃げ帰った。捕虜になった者たちは体を縛られて、アマーリアの手で近くの家に運び込まれた。
【神の名の下に信徒へ癒しを与えましょう】
アマーリアが杖を振る。捕虜になった人間たちの傷が治っていく。家の入り口から、ケイが顔を覗かせた。
「……これから、どうしたらいいんでしょうか。クロトビの人たちが、また攻めてきたりしたら……」
ケイが不安そうな顔で問いかける。アマーリアは穏やかな笑みを崩さずに答えた。
「そんなことにはならないわ。そもそも、この森は人が立ち入ってはならない場所だと言い伝えられているの。それなのにクロトビの城主がこの村に攻めてきたのは、セムトがクロトビから送り込まれた刺客に《種》を植えたからだと思うわ。茗荷さんに頼んで、この人たちを国に連れ帰ってもらえば大丈夫。こんなことは、2度と起きないわ」
ケイの表情が明るくなる。彼女は扉を開けたまま、駆けていった。アマーリアは開け放たれた扉から、外の光景を見ていた。ケイが茗荷に近づいて何事かを話す。茗荷がケイの話を聞いて、アマーリアの方に視線を向ける。
(彼は気づいているんでしょうね)
アマーリアは真顔になった。彼女が話したことは、半分本当で、半分嘘だった。セムトが《種》を植えたのは、今よりもずっと前のことだ。クロトビの城主が彼の行為を黙認していたのは、彼が今まで帝国の首都に住んでいたからだ。彼を殺そうとして大軍を送りこめば、それは帝国と本格的に事を構えるということになる。帝国と戦っている隙に、もう1つの国……神聖国スクマトゥスから攻められる可能性を考えれば、迂闊に動くことはできなかったのだろう。けれどセムトは魔の森に移住した。森はどの国の領土でもない。攻撃しても、他の国が口を出してくることのない唯一の空間。そして同時に、全ての国と接している場所でもある。
(だから、クロトビの城主は何としても、この森を手に入れたいんでしょうね)
それが本当の理由だと、アマーリアは見抜いていた。その上で。
「茗荷さん。私たちの思いを、クロトビの城主様に伝えていただけないかしら。この人たちを、家に帰してあげたいの」
彼女は穏やかな微笑みを浮かべて言った。言葉の内容は人を気づかう優しいものだったが、茗荷はその裏にある意味を正しく読み取った。《花》でなくなった彼を使いとして、捕虜を引き渡しに行かせる。そうすることで、この村にいる人間は話が分かる誠実な者であると思わせる。そういった意図があるのだろうと。彼は苦虫をかみ潰したような顔をしていたが、捕虜となったクロトビの者たちと目が合うと、諦めたように息を吐いた。




