鎖
「セムトって、黒猫サーバーの上位ランクプレイヤーの名前でしょ。本当に君が、あのセムトなの?」
「そうだよ……と言っても、信じられないかな。別に、信じなくてもいいけど」
そう言いながら、男……セムトはケイの手首を掴んだ。
【離さないで小さな蕾】
セムトが呪文を唱える。ケイは彼が掴んでいる手を見た。手首には緑色の腕輪が巻き付いている。それは紫色の薔薇を模した宝石が組み込まれた、美しい装飾品だった。
「……これ、何?」
「鎖だよ」
彼は楽しそうに笑って、指を弾いた。腕輪が付けられた手首に痛みが走る。ケイは目眩と吐き気に襲われて、彼の腕の中に倒れ込んだ。
「何、これ。気持ち、悪い……頭が痛いんだけど、ねえ、ボクに何したの」
「うんうん、辛いよね。ごめんね、すぐに治してあげるよ」
セムトは笑いながらケイの頭を撫でた。その瞬間に、ケイの体調が良くなる。
「あれ……?」
体が上手く動かせない。そのことに戸惑っているケイを見て、彼は聖人のような微笑みを浮かべていた。
「おいで」
セムトの言葉に呼応するように、ケイの体が勝手に動く。
「何をしたの」
セムトに縋り付くような格好になったケイは、彼から離れようとした。けれど離れられなくて、ケイは精一杯の抵抗を示そうとして彼を睨みつけた。セムトは堪えた様子もなく、ケイの左腕に巻いた腕輪を撫でている。
「君はとても元気だからね。鎖をつけておかないと、逃げてしまうと思ったんだ。僕のことを知っているのなら、その異名も分かっているでしょう? これは君を縛る鎖。……僕の宝物を繋ぎ止めておくための、たった1つの鍵だよ」
「紫水晶の毒使い……そうか。それじゃあ本当に、君があのセムトなんだ。でも、どうしてボクに? この力があれば、もっと綺麗な娘をいくらでも捕まえられるよね」
「君が良いんだ。君はこの世界を知っている。ここがゲームの世界だということを理解してくれている。僕はね、もう何年もこの世界で暮らしているんだ。この能力があったから、何とか人を殺さずに生きてこられた。それでも……正直、限界に近かった」
セムトはケイを抱きしめて、熱の籠もった声音で話し続けた。
「人々は皆、僕を恐れて逃げていく。前世のことを知っている人も、ここには居ない。寂しくて、悲しくて、いっそ死んでしまった方が楽なんじゃないかって思ったことが何度あったか分からない。それでも、死ねなかった」
彼の視線はケイに向いているが、その瞳には彼女自身は映っていない。ケイはそれを理解していたから、冷めた目で左腕に飾られている宝石を見つめた。部屋の照明が宝石に反射して、紫色の輝きが目に入る。耳を塞ぎたくても、ケイの体は彼女の意思では動かせない。セムトはそのことを知っている。だからだろう。彼は、言葉を発することを止めなかった。
「魔の森……ゲームでは作られていなくて入れなかった、マップ外エリア。そこには僕の友達がいるかもしれない。男か女かも分からないけど、その人に会うまで、死を選ぶことは出来ない。でも、1人であの場所に行って、もしも誰とも会えなかったら? 魔の森に入ったら、この国には二度と帰ってこられないかもしれない。僕と同じ世界から来た人に、会えなくなるかもしれない。それが、とても恐ろしかった。だけど、もう大丈夫。僕は君を離さない。そうすれば、僕は……」
彼は狂っていると、きっと誰もが言うだろう。けれどケイは、そうは思わなかった。