2人目の《花》
ケイは魔術師についての話を聞き終わった後に、セムトに視線を向けた。彼は穏やかな笑みを浮かべていた。
「ね、皆もこう言ってる。僕は普通の魔術師より、ずっと優しいんだよ?」
「自分で言わないでよ」
ケイは呆れ顔で言った。周囲にいた他の3人も同じような表情をしていたが、セムトは全く気にしていなかった。近くの茂みが僅かに動いて、小柄な女性が飛び出してくる。
「……姉上」
茗荷が彼女に声をかける。彼女は冷たい視線を茗荷に向けた。
「《花》を失ったのか。主になんと申し開きをするつもりだ?」
「そうしろと命じたのは主だ」
「ほう、言い訳だけは達者になったな」
「ただの事実だ。主の想い人が我が身の《花》を引き取りたいと願い出て、それを主が聞き入れた。そら、そこに《花》があるだろう」
茗荷は動じずに、家の入口付近に置いてあるツボを女性に見せた。彼女は目を見開いて固まった。セムトが彼女に近寄る。彼女は掠れた声を出した。
「これは……本当に? 何故です、主。我らは貴方様の《花》なのですから、《花》のままで愛しい方にお仕えすれば良いだけでしょう」
「だって、ケイがそうしてほしいって言ったから」
セムトが笑って、彼女の肩に手を置く。
「だから、風鈴にも《花》を手放してもらわなきゃ。大丈夫だよ。《花》も君も生きられるから」
彼は彼女の耳元で呪文を紡いだ。
【眠って】
倒れた彼女を、アマーリアが抱き止める。そして2人で、家の中に入っていった。
「……あの人は、あなたのお姉さんなんですか?」
ケイの質問に茗荷が頷く。
「はい。私と同じ、『蛇』の一族の者でございます」
「そうなんですね。……その、気になっていたことがあるんですけど、聞いても……?」
「構いませぬ」
「ありがとうございます。……えっと、忍者の人ってみんな、変わった名前なんですか? 茗荷さんとか、風鈴さんとか……」
「我らにとっては、名は個人を識別するものでしかありませぬ。私は3人目の子供でしたので、幼名は三でした。茗荷というのは黒鳶の城主様から頂いた名でございます」
「そんな理由が……。じゃあ、茗荷っていうのはあなたにとって大切な名前なんですね」
「そうですな」
ケイと茗荷は同時に笑った。それを見ていたマイルズが、セムトに小声で話しかける。
「どう思う?」
「別に、どうも思わないけど。放っておいてもいいんじゃない? 僕はケイが幸せなら、他の事はどうでもいいし」
「そうか。なら、お前は当てに出来ねえな」
2人はこの状況を正しく理解していた。茗荷は忍者だ。国と主のために敵国の要人を殺すのが彼の忍務である。忍務に失敗して故郷に帰れなくなった茗荷は、それでも故国のために働こうとしている。そのために、彼はケイに近づいたのだろう。
(まあ、力づくでは来ねえだろうから、良しとするか)
力で脅すことは不可能だ。この狭い村では、ケイの変化はすぐに伝わる。だから茗荷に出来ることがあるとすれば、ケイと親しくなって彼女の同情を誘うことだけだ。そう考えて、マイルズは何も言わなかった。




