儀式
ケイが荷物の中から白い布を取り出して、床に敷いた。アマーリアは布の上に茗荷を寝かせて、その覆面を取った。彼女はそのまま上半身に手をかけて、彼が着ている服を上だけ脱がせる。ケイは彼の姿を見て、目を見開いた。
「薔薇が、2輪……?」
彼の頭と心臓、その両方に薔薇が根を張っている。その花の色は黒に近い、濃い紫色だった。セムトがケイの後ろから腕を回して、彼女に抱きつく。
「頭だけだと心が壊れちゃうし、心だけだと頭が壊れちゃうからね」
耳元でセムトの声が聞こえて、ケイは身を固くした。アマーリアが茗荷の体に杖を当てて、呪文を唱える。
【神よ貴方の子供達に恵みをお与えください】
茗荷の体が薄く光る。彼の体から生えている花が浮き上がる。セムトがケイを抱く力を強めた。ケイは首だけを動かして後ろを見た。彼は泣きそうな顔で彼女を見ていた。
「大丈夫だよ、セムト」
ケイは右肩に乗っているセムトの頭を撫でながら、彼に話しかけた。セムトは無言でケイの手にすり寄った。アマーリアは2人に構わず、儀式を続けた。
【それは全ての不浄と毒を消し子らの平穏と幸福を招き願う神の光なり】
アマーリアが杖の先で花の周りに円を描く。花の根が茗荷の体の表面に浮き上がる。
【神の愛はこの世の物事全てを見て全てを知る故の愛なればどのような障壁も超え子らに届くべきである】
彼女の呪文が聞こえるのと同時に、ケイの耳元でセムトが囁く。
「ケイ。僕のこと、好きって言って……?」
「……え、何、急に……」
「耐えられないんだ。苦しくて、辛くて、寂しくて……。お願い」
「……そっか。うん、じゃあ……えっと、好き、だよ。だから、安心して」
ケイが微笑む。セムトは安心した様子で、彼女の肩に顔を埋めた。家の入口から一部始終を見ていたマイルズが、冷めた視線をセムトに向けていた。
(そもそもテメエが他人の体に《種》を植えなければ済んだ話だろうが)
マイルズは、自分の思考を口には出さなかった。少し離れた場所から見ていた彼は、周囲の状況を誰よりも理解していたからだ。セムトは《花》が取り除かれても、抵抗する様子を見せなかった。にも関わらず、アマーリアは呪文を唱えるだけで疲弊している。
(ユズよりアイツの方がレベルが高えからだろうな。だとしたら厄介だぞ)
アマーリアとマイルズのレベルは同じだ。セムトがその気になれば、この場にいる人間を支配することなど容易いだろう。
(今はケイに懐いているから、ケイが望まねえことはしねえだろうが……気を抜いたらやられるかもしれねえ。注意しておかねえとな)
マイルズがそんな事を考えたのと同時に、アマーリアが茗荷の体に生えた2輪の薔薇を抜き取って、安心したように息を吐いた。




