分岐点
「姫様」
茗荷の声が聞こえて、ケイは飛び上がった。
「え、な、何? お姫様?」
彼女は周囲を見た。茗荷はケイを見つめている。彼女は茗荷が自分に対して話しかけていることに気づいて、顔を赤らめた。
「姫という呼び方は気に入りませぬか? では、ケイ様と……」
「そういうの、止めてください!」
ケイが大声を上げて、茗荷の言葉を遮る。
「ボクは可愛くもないし、偉い人でもないので。ケイって呼んでください。敬語もいりません。セムトもボクのこと、呼び捨てだから。ね、セムト」
彼女は助けを求めるようにセムトを見た。彼は彼女の目を見返して、笑った。
「僕はお姫様って呼び方、似合うと思うよ。でも、ケイが嫌がるなら止めた方がいいかな。茗荷、お願い」
茗荷は少し困った様子で口を開いた。
「……我が主の、仰せのままに」
ケイはその様子を見て、複雑な気持ちになった。
(そんな納得の仕方をしてほしかったわけじゃないのに)
セムトは人間を意のままに操ることに、何の抵抗もない。初めて出会ったときからそうだった。そのことを思い出して、ケイは爪が手のひらに食い込むのにも構わず、手を強く握り込んだ。
「…………やっぱり、おかしいと思う。茗荷さんが望んでなくても、ボクは嫌だ。こんなことを続けて、ずっとそれを見ていることしか出来ないなんて」
絞り出すように言葉を紡いで、彼女はアマーリアと目を合わせた。アマーリアは全てを察して微笑んだ。
「いいわよ。アタシがその人の《花》を取ってあげる」
茗荷が身構える。今の彼にとって《花》は何よりも優先して守らなければならない、大切なものだった。誰よりもそのことを理解しているセムトが彼に近づく。セムトは笑みを崩さないまま、低い声音で告げた。
「抵抗しないで」
茗荷は目を見開いた。《花》を失うことはセムトにとって耐え難い痛みとなる。茗荷はそのことを知っていたから、セムトの命令に反して彼の心を守ろうとした。
「……主の命であっても、それだけは出来ませぬ。お許しください」
セムトは茗荷の額に指を突きつけて、呪文を紡いだ。
【眠って】
茗荷が倒れる。セムトは意識を失った彼の体を抱き上げて、アマーリアに渡した。ケイが掠れた声を出す。
「セムト……本当に、いいの?」
「うん。……僕にとって《花》は大事な子供みたいなものだ。だけど、ケイがそうしたいって言うのなら、僕はそれを受け入れる。ケイに嫌われるのは嫌だから」
彼は本気だ。それを感じて、ケイは言葉に詰まった。マイルズが平静な声で指摘した。
「武器は取り上げておけよ。《花》を取り除いても、その後に自殺されたら台無しだろ?」
アマーリアが苦笑を浮かべる。彼女は茗荷を抱いたまま、家の中に入っていった。ケイが意を決してその後を追う。男たちは無言で、彼女に着いていった。




