夜が来た
太陽が沈んで、周囲が暗くなる。ケイは荷物の中からランプを取り出して火を点けた。アマーリアが魔法の紐でセムトの手を縛る。セムトは抵抗しなかった。ケイが彼と目を合わせて、問いかける。
「大丈夫? 痛くない?」
「僕は平気。ケイは? 怖いこととか痛いこととか、何もなかった?」
セムトは気味が悪いほど穏やかで、朗らかだった。ケイは彼を刺激しないように、慎重に言葉を選んだ。
「うん。2人とも、優しかったから。……ボクはセムトのこと、嫌いじゃないよ。でも、少しだけ離れてたいんだ。ダメ、かな?」
「いいよ。その代わり、僕に君のことを教えて。生まれる前の君のことを、僕も知りたいから」
「ボクのこと? そう言われても、ボクはセムトみたいな高ランクのプレイヤーじゃなかったから、あまり話せることはないけど……」
「何でもいいんだ。ケイが好きだったことを、教えてほしい」
「ボクが好きだったことかぁ……。えっと、夜銘タロウさんの配信を見ることかな。『幻想大戦』を知ったのも、夜銘さんの配信からだったし」
「ふうん。その人って、男?」
「多分そう。声が低かったし」
ケイの返答を聞いて、セムトが冷たい声音で告げた。
「僕の方が、その男より強いよ」
マイルズが気色ばむ。アマーリアは彼が余計なことを言う前に、片手で彼の口を塞いだ。ケイは背後で起こったことには気づかないまま、セムトの右頬を軽く引っ張った。
「ボクは夜銘さんに出会わなかったら、『幻想大戦』にハマることもなかった。そうしたら、セムトのことも知らなかったと思う」
セムトは彼女と目を合わせて、幸せそうに笑んだ。
「そっか。……そうだね、ケイが僕のことを知ってたのは、その人のおかげだ。僕もその人に感謝しないとね」
セムトは本気で言っている。ケイは彼を見つめている。アマーリアは2人に気づかれないように、そっとマイルズの顔を見た。彼は嬉しさが抑えきれていない様子で、2人のやり取りを見ていた。ケイがセムトの手を取って、彼に笑いかける。
「あのね。ボクは結局職業を変更しなかったけど、昔は魔術師を使ってたんだよ」
「そうなの? じゃあ、一緒だね」
「ボクは水属性だったけど」
「地属性と水属性は相性がいいから、僕とケイはきっと仲良くなれるよ。これからも、僕の側にいてね」
セムトは縛られたままでも、楽しそうにしていた。ケイはその事に安堵した。
「うん、そうだね。約束する。ボクはセムトと、ずっと一緒にいるよ」
アマーリアは苦笑を浮かべた。
(ケイちゃんは、苦労しそうね)
セムトには依存されているし、マイルズには気に入られている。2人の男はこれからも、ケイから離れようとしないだろう。
(まあ、アタシもケイちゃんのことが大好きだから、離れるつもりはないけれど)
アマーリアも結局は彼らと同じ穴の狢だ。そう思って、彼女は密かに笑った。




