プロローグ
転生した。ケイがそのことを思い出したのは、帝国アルグストラの首都に初めて足を踏み入れた時だった。ケイは地方の農村で生まれ育った。幼い頃に親から聞いた都の華やかさに憧れて、金を貯めて都に来た。今の職業は農民である。
(……マジで?)
ケイは革袋に詰まっている銅貨を見た。3000銅。農民にとっては大金だが、帝都では職を得て住まいを借りれば無くなる程度の量でしかない。
(知ってる。ゲームを始めたプレイヤーは自分が所属する国に村を設置して、そこから首都に向かうんだ。他のプレイヤーと戦って、倒せばランクが上がるし倒されればランクが下がる。それを繰り返して、高ランクを目指す。それが、このゲームの目的だ)
ケイは生まれる前、日本という国で学生として生きていた。その時、推していた配信者が視聴者参加型配信を行っていたゲーム。『幻想大戦』の内容を思い出して、ケイは青ざめた。ゲームの中ではマップに置く小さな駒でしかなかった村。そこにはケイの家族と友人たちが住んでいる。
(帰ろう)
ゲーム自体は嫌いではなかった。ケイはプレイスキルが高い方ではなかったが、それでも推しは褒めてくれた。だから嬉しくなって、自分のランクを上げようと頑張っていた。でも、これは違う。ゲームではない。推しはいない。それに、何より。
(死にたくない)
ゲームなら体力が減ってもダウンするだけだし、やられてもリスポーンするだけだ。けれどこれはゲームではない。体力が減るということは傷つくということであり、やられるということは殺されるということだ。ケイはそんな目に遭いたくなかった。踵を返した、その時。
「ねえ、君……」
背後から声をかけられて、ケイは首だけを動かして後ろを見た。そこにはケイと同じ初期装備を着た男が立っていた。
「君も怖くなったの? 実は、僕もそうなんだ。でも、今更村にも帰れないし……どうしようかと思っていて。よければ、一緒に行かない?」
「行くって、どこに」
「魔の森だよ」
ケイは目を見開いた。
「あんなところで暮らせるわけないでしょ」
「そうかな。僕は出来ると思ってる。君も、そうなんじゃない?」
目の前の男は、確信している。ケイが彼と同じ人種であることを。
「……うん。確かに、魔の森なら誰の物でもない場所だ。もしかしたら、一緒に暮らしていけるかもしれないね」
「それじゃあ……」
男が手を差し出してくる。ケイはその手を取らなかった。
「でも、ダメだ。同じことを思いつく人が、他にもいると思うから」
そんな言葉を残して、ケイは男の前から立ち去った。